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2015年02月07日

時折農林漁業に飛び込む若者たちが報道されたりしますが、こちらの方がどこか緊張して映像画面に見入ってしまいます。動機が立派であるほどに、ままならぬ現実にどこまで耐えられるか、凌ぎ切れそうか、つい覚悟のほどを見定めようとしてしまいます。
専業で生活するのが困難な時代であるだけに、農林漁業に飛び込みなさいと無責任なことは言えませんが、本音ではそう願っているのは確かです。
私はこのブログで日本の農業は終わってしまう的な言い方はよくしますが、農林漁業は消滅してしまうのかと言えば、決してそうはならないと思っています。
食糧問題と環境問題とでいずれ世界危機となれば、国としての自給力は死活問題になるだろうし、作る能力があって作らない国は、国際的に非難の集中砲火を浴びるのは間違いなさそうです。
問題は何時どのタイミングでということですが、温暖化による気候変動は科学者の予想をはるかに上回って急加速してきたことを考えても、今年でも来年でも何時でも起こり得るところまで来ていると思っています。
例えば世界の穀倉地帯と言われる地域で、その何割かが猛暑や干ばつで不作となれば、世界的な食糧パニックは必至だし、ここまで来るとそんなことは起こらないと楽観視するほうがおかしいように思えます。じわじわとではなく突発的に来るのが食糧危機だと考えておいたほうが良さそうです。
世界が食糧危機に陥ると、より経済性に重きを置いた価値観は一変するのだろうと思います。
農林漁業は国の基盤であり、ここに自給力のない経済大国など、瞬時の夢的な危うさと共にあるのだと思います。状況次第では世界はグローバルであったり、個別であったり、豹変することも頭に入れておくべきではないかと思います。
不安定な富を目指すより、確かさを求めて国づくりがなされないと、これから先の生き残りは厳しくなりそうです。
農林漁業は自然の中での生産活動であるが故に、自然との調和を願い、大地や海を慈しみ、生命の尊さを思う心が自ずと育まれます。
農林漁業に飛び込む若者たちが、厳しい現実に直面しながらも、新たな未来、新たな価値観を切り開くことを心から願っています。
posted by 明石 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2015年01月31日

本物の思想

「日本には本物の思想は育たない。あるのは生活者の思想だけだ。」、とずっと言われ続けてきたような気もしますが、感覚的には分かるのだけれど、改めて考えてみるとこの言葉は意味不明なほどにおかしいと思えてきます。
生活者の思想が処世術を指しているのだろうとは理解できますが、言葉の危うさは、生活者の思想は本物の思想ではないと伝えてしまいます。となると、本物の思想とは、現実の生活から遊離したところに構築された観念の世界のものとなって、そんなものが果して本物の思想と言えるのか怪しくなってきます。
私流に言えば、生活者の思想で結構ではないか、生活者の思想こそ本物の思想への端緒であるはずだ、ということになります。日々現実の生活で様々な問題に直面し、その問題を掘り下げることで何がそうさせているのか、原因あるいは正体の輪郭が浮かび上がってきたりします。個々の問題は全く別のことで、掘り下げられた一つ一つは点として在っても、いずれ点が結ばれて個別の問題の背後に、時代や社会の構造が見せかけとは別の形で露呈してきたりします。
世界は針の一穴からでも覗けるとは、個別に自分の問題を突き詰めると深化するほどに世界の本質に近づくことに他ならず、例えばマスコミ報道とか自分の外側に答えを得ようとするのとは、アプローチの仕方は逆なのだろうと思います。自分をどこまで知り得るかで他者への理解度が変わるのと同じなのだということです。
時代は今、政治家や官僚とか各方面の専門家達の手法論ではどうにもならないところに来ていると思っています。少しでも優位に立とうとする処世術や価値観もいずれ通用しなくなるだろうし、人としてどうあるべきか、豊かさとは、幸せとは何なのかを問い直し、時代を本質的に見据えて根本から転換させる必要が差し迫っているのを覚えます。
NGOとかボランティアに参加して、貧しさに喘いでいる国々の人々の救済に乗り出す若者達に、希望の灯を見たりもします。
自立した精神は自分の価値観を歩むのだと思っています。
posted by 明石 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2015年01月24日

パリテロ事件から

言論の自由とか、表現の自由とか、報道の自由とか、最近自由という言葉に触れる度に、どこか違和感を覚えるようになってきています。パリのテロ事件以後、数百万人が表現の自由を訴えてデモをしたと報道されましたが、イスラム教信者からすれば宗教を風刺漫画化されて気持ちが良いはずもなく、結果的にはフランスの自由に配慮が欠けているから不興を買ったということになるのだろうと思います。
イスラム過激集団は残虐非道な暴徒の群れで、テロに正当性があるとは微塵も思いませんが、最たる先進国の一つフランスで、多様な価値観を認め共生を謀るといった土壌がその程度でしかないのかとがっかりします。フランスの自由がイスラム教信者や国々に不快感を与えるなら、それは本質的に自分の価値観しか認めない自由であるのだろうと思ったりします。
人は個別でありながら同時に社会的存在であるという背理矛盾を根本的に抱えて在るため、全うき自由など最初から存在しないし、個別の自由は社会の枠組みの中でという制約を受け続けます。法に触れない範囲での自由しか個別には残されていないし、更には社会の構造に著しく損なわれていたりします。
表現の自由は芸術などではそれこそ命ですが、相手に侮辱感を与えるような風刺漫画で何をどう表現しようが自由だというのは、文化の違いだけでは片づけられず、少し違うのではと思ったりします。
これと同様報道の自由も、基本的には真実を知る権利で、真実を求める自由は決して侵されてはならないものですが、そのことと何をどう報道しようと自由だというのは全く別のことで、それだと事実を恣意的に捻じ曲げたり、意図的に視聴者を誘導したり、真実から遠ざけることになりかねません。東日本大震災以来特に、マスコミ報道が取り上げる角度とか見せ方が、こう思いたいからそう見せる角度で切り取る、というのが目立っているようで、却って真実から視聴者を遠ざけているように見えます。
言葉に踊らされて何でもかんでも自由だと取り違えていたら、本当に守らなければならない自由を見失ってしまうことになるのではないかと危惧します。
posted by 明石 at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2015年01月17日

1週間後のお茶会

同窓会の余韻が残る中、今日は月一回定例のお茶会でした。
通常のメンバーほぼ全員に新たな顔触れを加えて、20名まで膨れ上がってのお茶会となりましたが、同窓会参加者の3分の1が1週間後に集まって、お茶を飲みながら同窓会の話で半日を過ごすというのも、ちょっと退いて見ればあまり世間にないような話で、これだけでも今回の同窓会が成功であったのは明らかなようです。
幹事長殿と私の二人は特に、出席率の低さとか、出席か否かの返信さへ返さない者の数の多さに嫌気がさしてしまっていて、同窓会当日はどこか晴れきらないところがあったのですが、一夜明けると触れ合った温もりが翳りを覆い始めているのを覚え、その後は時間が経つほどに温もりに覆われてしまったようです。
この温もりは触れ合った数が多いほど大きく、これで暫くは元気で居られるというもので、小中学校時を共に過ごした同級生はそれぞれがお互いに故郷的な、やはり格別な存在なのだろうと改めて繰り返し思います。
前回の還暦同窓会後、子供の頃を一緒に過ごした同級生ともう一度一緒に遊びたいとの思いは、その後間髪をいれずに実現させてしまいましたが、思ったら直ちに行動して実現させてしまう行動力は、振り返ってみれば自分ながら呆れてしまうところがあるようです。
このお茶会も確か丸4年を過ぎるほどに続いているはずです。私が欠席したのは入院した時一回だけで、無論、圧倒的最高出席率を誇っています。私流に言えば、どんな忙しい時でも、というより忙しい時ほど、ここを息抜き気分転換の場としています。
同窓会は何年かに一回ですが、お茶会は月一回です。今回の同窓会時、こんなお茶会もやっていますよとそれぞれが案内したそうで、今後お茶会のメンバーはどんどん増えそうです。
そのうち50人くらいが集まるようになったら面白いだろうな、と一人で笑い転げてしまいました。
posted by 明石 at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2015年01月11日

同窓会 再び

還暦同窓会から5年を経て、5年後にまた会いましょうとの約束通り、昨日昭和39年度国分寺中学校卒業生の同窓会が行われました。
参加者は前回より20数名少なく総数57名でしたが、再会を楽しみたい思いは一つで、数には関係なく盛り上がりました。
二次会は多くても20名程度と予想していたのですが、29名が参加したいとのことで、予定していた店に入りきれるか焦ってしまいましたが、幹事長殿が店に電話を入れると大丈夫とのことで胸をなでおろしました。店に入って30分もすると、仮装カラオケダンスパーティとどんどん盛り上がり、まあこれだけ元気であれば皆当分は大丈夫だろうと呆れたり安心したりです。
散会時、参加者全員が「ありがとう!楽しかった!またやろう!」と弾んだ表情で感謝してくれると、世話役さん達もやった甲斐があったとやっと充実感に浸れます。
私は前回はただの参加者だったのですが、45年ぶりに同窓生に会ってともかく嬉しくて、そんなに喜ぶ自分は全く予想外で、以後180度方向転換して率先して世話する側にまわり、今回で大小3回目の同窓会となります。豹変と言えるほどに過激に方向転換する自分に笑ってもしまいますが、そろそろ同窓会の世話疲れもあり昨日は引退宣言しましたが聞き入れてくれそうもなく疲れが更に増しています。
今回私の視線は参加する人より参加しない人の方へ移っていて、総勢242名(内22名死去)、参加者57名、不参加者163名、と参加率が26%という低さにがっかりしています。
私も60歳までは一度も同窓会に出席したことはありません。前回の還暦同窓会は、卒業以来45年間会ったことのない同窓生に一度は会っておきたい、その最後の機会だと思って参加しました。45年ぶりに同窓生の面々と会ってともかく嬉しくて、それは同時に自分の知らない自分との衝撃的な対面でもあったようです。
圧倒的多数の不参加者に言いたいのは、これから老後を迎えるにあたり、ここから先は気持ちが通う友達が多い方が勝ちというか、心豊かに過ごせるのだと思っています。古きを訪ねて新たな出会い新たな発見が得られるかもしれない機会を、みすみす逃すと損しますよと、余計なお世話かもしれませんが言っておきたいです。
付け足しになりますが、今回の同窓会は既に死去している22名の同窓生への黙とうから始まりました。司会を担当した者の独断の配慮ですが、凄いなと感服しました。
posted by 明石 at 20:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2015年01月02日

ひとつの夢 天山

明けましておめでとうございます。 
いきなり寒波に見舞われての年明けとなりましたが、今年がどんなとしになるやら、お天気ともども予測不能です。
私的にはより高くを目指して本年度作に全力投入するのみですが、一昨年から二年続きで8月の大雨に祟られたり困難さは増してくる一方で、今年もどこでお天気との格闘を強いられるやら覚悟はしています。
私のブドウ作りも今年で27年目になりますが、ここまで来てもその年の目標は毎年違ったものがあって、今年だとそろそろ一粒でも50gの粒の天山を見たいのと、今年から商品化する予定のクイーンニーナを無事船出させたいという2点です。
天山は裂け天山と言われるように裂果の激しい安定生産には程遠い品種で、ネットとか販売はされていても実際に物はその通りには出ないという状況が続いている、いわば幻のブドウと言えそうです。
私の園地の天山も昨年は裂果が始まるそのタイミングで大雨が続き、裂ける前から早々にギブアップして販売中止としたのですが、裂けて全滅したというより、日照不足で味が乗らなかったということがより大きな要因となりました。事実、裂果しない房、裂果が最小限にとどまった房も3分の1程度は残ったのですが、糖度15度前後では美味しくないし、葉の状態を見ても糖度が上がる見込みはないと断念してしまいました。
来年のために裂けて腐った房は早々と摘み落として、残った房は8月末には摘み落とす積りで放っておいたのですが、どんな味でもいいからどうしても欲しいとお得意さんにせがまれて、8月20日頃にためしに糖度を測ってみると18度なのでびっくりしてしまいました。その後、8月末頃にサイード博士から電話があって、瀬戸ジャイアンツはまだ少し早いので、それなら見た目は悪いが天山を送ろうと糖度を測ると20度もあるので、こんな傷んだ葉、こんなくたびれた実で、ここまで来るのかと驚きの中には感動さへありました。
販売中止ということでその意味では不作となった天山ですが、作るということではまた一歩階段を上がれたことを実感しています。葉が30度以上の高温に非常に弱く、水の管理が尋常でなく難しい品種で、熟期の天気次第でできたりできなかったりするのだろうけれど、50gの粒に18度以上の糖度を乗せて奇跡のブドウを誕生させるなら、奇跡なのだからそれほど難しいのは当然だと思っています。40gの粒に20度の糖度は既に通過しているから、夢というよりは目標というところまで近づいていると自分では思っています。

天皇陛下の今日のお言葉ですが、「少しでも良い年でありますよう」、私もそのようにお祈りします。
posted by 明石 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月27日

岩手県一関産のサンフジ

岩手県江刺のリンゴが日本で一番美味しいリンゴと市場では評価されているそうですが、それより美味しいリンゴが同じ岩手県内にあると、私のブドウを15年も前から販売してくれている業者さんから聞かされて、是非一度は食べてみたいと無理を言って先日送ってもらいました。
岩手県一関産のサンフジで、光センサーを通過した糖度14度以上であるとのこと。箱を開けるとやや小玉のリンゴが20個入っていて、その1個を真っ二つにすると、果肉の半分ほどには蜜が広がっていました。食べるとやはり甘いし(奥さんは甘すぎるとか)、それほどの甘さを乗せながら果肉は歯ごたえ十分にしっかりしていて、期待以上というか、出会わないだけでこういうリンゴがやっぱりあるんだと嬉しくなりました。
本物の味というか、本当に美味しいものと出会うと感動したり嬉しくなったりして、それが物作りとして私には励みとなります。だから値段とか関係なく年に一度でもいいから、食べるのなら極上の物を食べて、自分の物作りの糧にしたいと欲します。実際年に一度はイチゴとか桃とかキウイなど、市販されていないようなレベルの物を求めて、一番良い時季に県内の生産者から直接買ったりもします。
そのうち桃は姉が買って来てくれるのですが、同じ生産者の清水白桃をおそらくもう20年近く食べ続けています。その桃の生産者も私のブドウを必ず毎年食べるそうで、どちらが先だったのか笑い話にもなりましたが、お互いがファンで励みとなっているのは間違いありません。それほど長い年月に渡っているのに、直接会って話したことは一度もありませんが、作った物を通しての会話はあたかも成立しているかのようです。
果物といえども物には作り手の心が宿ります。特上の一品にはそれを作るのにどれほど苦労したのか、作り手の心、魂が色濃く籠っています。その心、魂に触れることが、わたしの活力の源となることは確かです。
posted by 明石 at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月20日

35年目にして

釣りを始めて35年目にして、今年は釣行歴の途切れる年となりそうですが、実のところは10年ほど前から釣りへの意欲は薄れてくる一方で、ブドウから少し離れるために釣りを利用していたようなものです。一作に集中するあまり、次の新たな一作に移るにはリフレッシュする必要があって、ここを上手くやらないと疲労感を持ち越してスタミナ切れの恐れがあるからです。
親父殿の死後状況が一変して、ブドウ一事に専念すればいいという訳に行かなくなったということもあり、ブドウ以外にも手を伸ばそうという選択をしたのだから、尚更忙しくなったということもあります。
結果的に言えば、ブドウが終わるのを待ちかねてブドウ以外の事々にあたれば、別に釣りに行かなくてもブドウから離れて気分転換になっているようです。
ブドウとミカン以外は販売目的ではありませんが、果物ではリンゴ、栗、さくらんぼ等、花木では桃、桜、椿、さざんか、つつじ等々、親父殿の趣味道楽の遺産に少しずつでも手を加えれば、いずれ趣味と遊びの園芸も形を整えるだろうと思いながら、結構楽しみながら手入れしています。私は植物と向き合ってのモノ作りが自分で思う以上に性に合っているようです。
昨年病気になって手術を受けた前後の経緯から、心境がまた変化してきているようで、モノ作りで在り続けモノ作りとして終わりたい、その一点に自分が収束してきているのを覚えます。釣りに行けば疲れが3日も残ることもあり、そんな類いのことを避けて少しでも体力を温存したいと思うようになってきているのも、かつての釣リキチの自分からは想像できないことであるはずです。
自分の中に様々な自分があって、時が来ればどれかの自分が熟して、それまでの自分と交代するというような時は確かにあるようです。その静かな声に耳を傾けて歩が定まってくるのが自然体ということであるのだろうと思っています。
posted by 明石 at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月13日

最後の当主

一昨年親父殿が亡くなって昨年相続も済ませて私が当主となったのですが、明石家最後の当主として、そろそろ家を畳む準備をしなければという思いが次第に強くなってきています。
私は自分が何代目の当主であるのか分かりませんが、私の後は居ないということから、私が最後であるのははっきりしています。我が家の墓地にはご先祖様の墓石が100個以上あり、断じて名家ではありませんが、江戸時代から数百年続いた家系であるのは間違いありません。どこかのお寺さんに我が家の家系図が保存されている話を何度か聞きましたが、純然たる日本人であることは間違いないようなので、それ以上に我が家のルーツを辿るような興味はありません。
何百年も続いた家を終わらせることがどういうことなのか、その意味はおそらく私には理解できないだろうとは思っていますが、私があの世に行けば歴代の当主様達が居並んで、怒りの火責めにでもしてくれんわと待ち構えているだろうな、とは思ったりもします。あるいは私は種の保存本能が先天的に乏しい欠陥品であるのかもと疑うこともありますが、居ない者は居ないのだから仕様がないと開き直ります。家系図という見地に絞れば、私は家を終わらせるために生まれてきた最後の跡継ぎであるのだろうと思います。付け加えるなら、家督制度が旧民法となって以来、現在では家族親族関係も随分様変わりして、墓の維持さえ困難になるほど家系も希薄になってきていて、私の例もどこにでもあることのようです。
だが見方を変えると、現在生きている人は総て、何千年か何万年か延々と繋がれて、その上に生まれてきているということは、一つの生命ひとりの人間に膨大な数のご先祖様が繋がっているということで、この視点を持つと端緒には自分という存在への見方が違ってくるのだろうと、そう思います。
posted by 明石 at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月06日

手ごたえ

雨が降ろうと、風が吹こうと、雪が降ろうと、私が畑の園地に行かない日は滅多にありません。盆も正月も休むということはないし、実働日数は多分年間350日に達するだろうと思いますが、これはそれほどに私が勤勉であるということではなく、1日の生活のリズムが日中は園地で過ごすように組み込まれてオート化されきっているというだけのことです。たまに用事があってこのリズムのスイッチをオフにしなければならない日もありますが、どこか不承不承の抵抗感を伴っているのを覚えたりします。
私はいまだ自分の部屋で1日を過ごすということは辛抱ができません。動きが止まると気が滅入って来て、多分3日も部屋に居続けると鬱病になりそうだと感じたりします。
いったい何時になったら自分の部屋に帰ってくるのだろう、と呟く声を40年間も折々聞き続けてきたような気もしますが、ここまで来ると時の彼方の幻聴のようにやり過ごしたりもします。
田や畑の園地は私にとって単に仕事の場としてあるのではありません。趣味や遊びもその中にあって、日々の生活の場そのものです。農家に生まれた幸運はありますが、全身全霊を賭けて自分を燃焼させる場として、物つくりの農業は最適であったと喜んでいます。
農業の厳しさ困難さも随分ブログに書き続けてきましたが、私自身はこのまま農業人として生涯を終えるだろうことは間違いありません。
現在金峰みかんの収穫中ですが、親父殿から引き継いで2年目、間伐をしたり木の形をすっかり変えるほど大胆に剪定をしたり再生に取り組んできた結果、ここ20年来お目にかかれなかった程の品質の良いみかんに様変わりし始めているのが、ともかく嬉しくて、儲かるかどうかは関係なく、更に良いみかんを目指そうと本気度を増しています。普通温州の金峰みかん以外に、ブドウを止めたハウスに小原紅みかんを既に10aほど植え付けています。生育状況からして多分3年後辺りからは収穫が始まりそうですが、こちらの方も美味しい特上品を目指して虎視眈眈というところです。
私はやはり美味しさとか品質にこだわり続けて農業人生を全うしたいし、日本の農業も品質を捨てたら生き残る道はないと思っています。どうにか食って行けたら、後は職人魂の意地を押し通すだけです。厳しさは今後とも増す一方かもしれませんが、私の作った物を食する人の喜びに弾けた表情を見れれば、それが掛け値のない一つの答えであるのは間違いありません。
posted by 明石 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言