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2015年01月02日

ひとつの夢 天山

明けましておめでとうございます。 
いきなり寒波に見舞われての年明けとなりましたが、今年がどんなとしになるやら、お天気ともども予測不能です。
私的にはより高くを目指して本年度作に全力投入するのみですが、一昨年から二年続きで8月の大雨に祟られたり困難さは増してくる一方で、今年もどこでお天気との格闘を強いられるやら覚悟はしています。
私のブドウ作りも今年で27年目になりますが、ここまで来てもその年の目標は毎年違ったものがあって、今年だとそろそろ一粒でも50gの粒の天山を見たいのと、今年から商品化する予定のクイーンニーナを無事船出させたいという2点です。
天山は裂け天山と言われるように裂果の激しい安定生産には程遠い品種で、ネットとか販売はされていても実際に物はその通りには出ないという状況が続いている、いわば幻のブドウと言えそうです。
私の園地の天山も昨年は裂果が始まるそのタイミングで大雨が続き、裂ける前から早々にギブアップして販売中止としたのですが、裂けて全滅したというより、日照不足で味が乗らなかったということがより大きな要因となりました。事実、裂果しない房、裂果が最小限にとどまった房も3分の1程度は残ったのですが、糖度15度前後では美味しくないし、葉の状態を見ても糖度が上がる見込みはないと断念してしまいました。
来年のために裂けて腐った房は早々と摘み落として、残った房は8月末には摘み落とす積りで放っておいたのですが、どんな味でもいいからどうしても欲しいとお得意さんにせがまれて、8月20日頃にためしに糖度を測ってみると18度なのでびっくりしてしまいました。その後、8月末頃にサイード博士から電話があって、瀬戸ジャイアンツはまだ少し早いので、それなら見た目は悪いが天山を送ろうと糖度を測ると20度もあるので、こんな傷んだ葉、こんなくたびれた実で、ここまで来るのかと驚きの中には感動さへありました。
販売中止ということでその意味では不作となった天山ですが、作るということではまた一歩階段を上がれたことを実感しています。葉が30度以上の高温に非常に弱く、水の管理が尋常でなく難しい品種で、熟期の天気次第でできたりできなかったりするのだろうけれど、50gの粒に18度以上の糖度を乗せて奇跡のブドウを誕生させるなら、奇跡なのだからそれほど難しいのは当然だと思っています。40gの粒に20度の糖度は既に通過しているから、夢というよりは目標というところまで近づいていると自分では思っています。

天皇陛下の今日のお言葉ですが、「少しでも良い年でありますよう」、私もそのようにお祈りします。
posted by 明石 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月27日

岩手県一関産のサンフジ

岩手県江刺のリンゴが日本で一番美味しいリンゴと市場では評価されているそうですが、それより美味しいリンゴが同じ岩手県内にあると、私のブドウを15年も前から販売してくれている業者さんから聞かされて、是非一度は食べてみたいと無理を言って先日送ってもらいました。
岩手県一関産のサンフジで、光センサーを通過した糖度14度以上であるとのこと。箱を開けるとやや小玉のリンゴが20個入っていて、その1個を真っ二つにすると、果肉の半分ほどには蜜が広がっていました。食べるとやはり甘いし(奥さんは甘すぎるとか)、それほどの甘さを乗せながら果肉は歯ごたえ十分にしっかりしていて、期待以上というか、出会わないだけでこういうリンゴがやっぱりあるんだと嬉しくなりました。
本物の味というか、本当に美味しいものと出会うと感動したり嬉しくなったりして、それが物作りとして私には励みとなります。だから値段とか関係なく年に一度でもいいから、食べるのなら極上の物を食べて、自分の物作りの糧にしたいと欲します。実際年に一度はイチゴとか桃とかキウイなど、市販されていないようなレベルの物を求めて、一番良い時季に県内の生産者から直接買ったりもします。
そのうち桃は姉が買って来てくれるのですが、同じ生産者の清水白桃をおそらくもう20年近く食べ続けています。その桃の生産者も私のブドウを必ず毎年食べるそうで、どちらが先だったのか笑い話にもなりましたが、お互いがファンで励みとなっているのは間違いありません。それほど長い年月に渡っているのに、直接会って話したことは一度もありませんが、作った物を通しての会話はあたかも成立しているかのようです。
果物といえども物には作り手の心が宿ります。特上の一品にはそれを作るのにどれほど苦労したのか、作り手の心、魂が色濃く籠っています。その心、魂に触れることが、わたしの活力の源となることは確かです。
posted by 明石 at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月20日

35年目にして

釣りを始めて35年目にして、今年は釣行歴の途切れる年となりそうですが、実のところは10年ほど前から釣りへの意欲は薄れてくる一方で、ブドウから少し離れるために釣りを利用していたようなものです。一作に集中するあまり、次の新たな一作に移るにはリフレッシュする必要があって、ここを上手くやらないと疲労感を持ち越してスタミナ切れの恐れがあるからです。
親父殿の死後状況が一変して、ブドウ一事に専念すればいいという訳に行かなくなったということもあり、ブドウ以外にも手を伸ばそうという選択をしたのだから、尚更忙しくなったということもあります。
結果的に言えば、ブドウが終わるのを待ちかねてブドウ以外の事々にあたれば、別に釣りに行かなくてもブドウから離れて気分転換になっているようです。
ブドウとミカン以外は販売目的ではありませんが、果物ではリンゴ、栗、さくらんぼ等、花木では桃、桜、椿、さざんか、つつじ等々、親父殿の趣味道楽の遺産に少しずつでも手を加えれば、いずれ趣味と遊びの園芸も形を整えるだろうと思いながら、結構楽しみながら手入れしています。私は植物と向き合ってのモノ作りが自分で思う以上に性に合っているようです。
昨年病気になって手術を受けた前後の経緯から、心境がまた変化してきているようで、モノ作りで在り続けモノ作りとして終わりたい、その一点に自分が収束してきているのを覚えます。釣りに行けば疲れが3日も残ることもあり、そんな類いのことを避けて少しでも体力を温存したいと思うようになってきているのも、かつての釣リキチの自分からは想像できないことであるはずです。
自分の中に様々な自分があって、時が来ればどれかの自分が熟して、それまでの自分と交代するというような時は確かにあるようです。その静かな声に耳を傾けて歩が定まってくるのが自然体ということであるのだろうと思っています。
posted by 明石 at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月13日

最後の当主

一昨年親父殿が亡くなって昨年相続も済ませて私が当主となったのですが、明石家最後の当主として、そろそろ家を畳む準備をしなければという思いが次第に強くなってきています。
私は自分が何代目の当主であるのか分かりませんが、私の後は居ないということから、私が最後であるのははっきりしています。我が家の墓地にはご先祖様の墓石が100個以上あり、断じて名家ではありませんが、江戸時代から数百年続いた家系であるのは間違いありません。どこかのお寺さんに我が家の家系図が保存されている話を何度か聞きましたが、純然たる日本人であることは間違いないようなので、それ以上に我が家のルーツを辿るような興味はありません。
何百年も続いた家を終わらせることがどういうことなのか、その意味はおそらく私には理解できないだろうとは思っていますが、私があの世に行けば歴代の当主様達が居並んで、怒りの火責めにでもしてくれんわと待ち構えているだろうな、とは思ったりもします。あるいは私は種の保存本能が先天的に乏しい欠陥品であるのかもと疑うこともありますが、居ない者は居ないのだから仕様がないと開き直ります。家系図という見地に絞れば、私は家を終わらせるために生まれてきた最後の跡継ぎであるのだろうと思います。付け加えるなら、家督制度が旧民法となって以来、現在では家族親族関係も随分様変わりして、墓の維持さえ困難になるほど家系も希薄になってきていて、私の例もどこにでもあることのようです。
だが見方を変えると、現在生きている人は総て、何千年か何万年か延々と繋がれて、その上に生まれてきているということは、一つの生命ひとりの人間に膨大な数のご先祖様が繋がっているということで、この視点を持つと端緒には自分という存在への見方が違ってくるのだろうと、そう思います。
posted by 明石 at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年12月06日

手ごたえ

雨が降ろうと、風が吹こうと、雪が降ろうと、私が畑の園地に行かない日は滅多にありません。盆も正月も休むということはないし、実働日数は多分年間350日に達するだろうと思いますが、これはそれほどに私が勤勉であるということではなく、1日の生活のリズムが日中は園地で過ごすように組み込まれてオート化されきっているというだけのことです。たまに用事があってこのリズムのスイッチをオフにしなければならない日もありますが、どこか不承不承の抵抗感を伴っているのを覚えたりします。
私はいまだ自分の部屋で1日を過ごすということは辛抱ができません。動きが止まると気が滅入って来て、多分3日も部屋に居続けると鬱病になりそうだと感じたりします。
いったい何時になったら自分の部屋に帰ってくるのだろう、と呟く声を40年間も折々聞き続けてきたような気もしますが、ここまで来ると時の彼方の幻聴のようにやり過ごしたりもします。
田や畑の園地は私にとって単に仕事の場としてあるのではありません。趣味や遊びもその中にあって、日々の生活の場そのものです。農家に生まれた幸運はありますが、全身全霊を賭けて自分を燃焼させる場として、物つくりの農業は最適であったと喜んでいます。
農業の厳しさ困難さも随分ブログに書き続けてきましたが、私自身はこのまま農業人として生涯を終えるだろうことは間違いありません。
現在金峰みかんの収穫中ですが、親父殿から引き継いで2年目、間伐をしたり木の形をすっかり変えるほど大胆に剪定をしたり再生に取り組んできた結果、ここ20年来お目にかかれなかった程の品質の良いみかんに様変わりし始めているのが、ともかく嬉しくて、儲かるかどうかは関係なく、更に良いみかんを目指そうと本気度を増しています。普通温州の金峰みかん以外に、ブドウを止めたハウスに小原紅みかんを既に10aほど植え付けています。生育状況からして多分3年後辺りからは収穫が始まりそうですが、こちらの方も美味しい特上品を目指して虎視眈眈というところです。
私はやはり美味しさとか品質にこだわり続けて農業人生を全うしたいし、日本の農業も品質を捨てたら生き残る道はないと思っています。どうにか食って行けたら、後は職人魂の意地を押し通すだけです。厳しさは今後とも増す一方かもしれませんが、私の作った物を食する人の喜びに弾けた表情を見れれば、それが掛け値のない一つの答えであるのは間違いありません。
posted by 明石 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年11月29日

やっとミカンの収穫期

12月になると「金峰みかん」の収穫となりますが、天気予報は雨と曇りばかりですんなり収穫とは行きそうにもなく嫌な気配です。防止柵で囲った園地はその後1ヶ月間イノシシの侵入を完全に防いでいますが、目下数百羽(200前後)のカラスギャング共とのバトルの真っ最中で、みかんの園地に張り付け状態となっています。音だけが本物そっくりのおもちゃのピストルを鳴らすとカラス共は慌てて飛び去るのですが、2時間銃音がしないとまた園地に近づいてきて、カラスと私の根比べとなっています。いくらなんでもこんな数のカラス共に襲われたら、15a程度のみかんはひとたまりもありません。いいかげんくたびれて早く収穫しようかとも思わなくもなかったのですが、少しでも味を乗せるためにと11月いっぱい我慢し続けました。
中山間地の農業はここ10年くらいで、増え続ける獣害等で、環境そのものが困難さを増すばかりとなっています。設備投資をするにも販売収入でそれを回収することができないから手を打てず、獣害による耕作放棄は山間部に入るほど全国的に深刻なはずです。
私の園地も国の補助事業で50年ほど前開墾された、全畑面積40haみかん作地域でしたが、30名前後居た組合員で現在残っているのはその子世代5名だけで、全面積の8割は放棄地で荒れ放題となっています。みかんとなると多少なりとも残しているのは3名だけで、イノシシやカラスの食害はそこへ集中するため根こそぎ的となります。山間地域で単独で農業を続けようとしても、これほど鳥獣共が増えてくると、単独で集中攻撃を受けるので困難を極めます。
山間地域から耕作放棄が始まって、それに伴い獣共も平野部の市街地へ移動しているというのが、全国の現状なのだろうと思います。005.JPG
posted by 明石 at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年11月22日

ロックサウンドが流れて

グラハム ナッシュだか時折頭の中にロックサウンドが流れてきます。
眼前の風景は古いフィルムが擦り切れるようにモザイクに覆われて、こちら側に開けるのは海原で、サウンドは海原を渡ります。
人気のない海辺、学校に行きたくなくて終日海辺に寝転んで過ごしたあの気が遠くなるほど長い時間、海で繋がってそんな少年時代を垣間見ます。
何もない方が良い風景の中では自分という存在にも違和感を覚えて、風景の中に溶け込んで完璧な消滅を願ったりもしますが、地を這う虫のように私は私の中に閉じ込められて在り続けます。
陽光に光る海がまぶしく、目を閉じると単調な波の音が果てしなく続く。
多分このサウンドは私が居なくなった後、少しボリュームを上げて流れ、the end と片隅に印字されて映像は終わるのだろう。
posted by 明石 at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年11月15日

普通温州 青島系「金峰」みかん

写真は「金峰」みかんですが、今年は秋めくのが早かったせいか、例年より20日程度は早く色づいてきています。何だってこんなに早くからイノシシに食われるのか、試しに糖度を測ってみると、10月下旬で11度もあり酸抜けも進んでいてほぼ食べられる状態になっているのには唖然とします。
「青島」「金峰」など普通温州は12月に収穫して土壁倉庫で貯蔵して3月に出荷するのを常としてきたのですが、今年は酸抜けが早すぎてそこまでは持たないだろうと予想しています。持たないのなら今までに例のない平均糖度14度に仕上がらないかという密かな期待もあります。
普通温州は収穫後1月ほどして皮が萎び始めてからが味の本領が出ます。「金峰」も今年は熟れるのが早くどこまで貯蔵できるかわかりませんが、3L級の大玉でも13度程度の糖度は乗せ酸味が残っている間はその分味が濃厚で、極早生、早生みかんほど水っぽくなく、同じ量食べたとしてもはるかにお腹の水膨れ感は少ないようです。採算を無視しても残すことに決めたのは、その美味しさを味わえなくなるのが私自身が承服できないからです。
みかんの園地まわりにイノシシ防止柵がとりあえず完成しています。これでどこまでイノシシを防げるかかですが、今のところイノシシ小僧の侵入もほぼ止まっています。あとカラス対策も必要ですが、そこまでは手が回らないので今年はこれで様子見です。
11月も半ばになってふと思うのは、今年はキノコ採りも釣りも行こうという気にもならないということです。ブドウから解放されてじりじりするほど待っていたブドウ以外の事ごとに目下全開モードです。これほど仕事人になるとは自分でも想像もしていませんでしたが、植物相手の物作りは趣味も遊びもその中にあって、仕事というより生活そのものであるのだろうと実感しています。005.JPG004.JPG
posted by 明石 at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年11月08日

試論

人口減少に伴い全国1800市区町村の約半分が2040年頃までに消滅するという地方消滅論が物議を醸していますが、そのことの正否は別として、農林水産業の衰退と共に地方から国の崩壊が始まっているのは確かで、リーマンショック前年の原油高不況辺りからの急加速には凄まじささへ覚えます。食っていけない農林漁業は消滅するのだろうと思っていますが、企業だけのいわば経済オンリーの国を想うと寒気がします。
経済は世界が連動しているだけに不安定不確定要因が多く、何時何が起こるか針のむしろで世界の動向を注視し続けねばなりません。確かさと安定にはほど遠いのが常態だということです。日本が経済力がある間はいいとして、そうでなくなった時、この国はどうなるのだろうと考えるとぞっとします。国の基本的な在り方を問うことなく経済一辺倒でひた走ったつけはその時一気にきます。
私は農林漁業の第一次産業は国の基盤であり、そこを確保できなければ国は崩壊すると思っていますが、この国の政治家や官僚、経済界は長きに渡っていまだにそんな考えは持ち合わせてはいないようです。経済がこけた時どうやって国民が食ってゆくのか、ぜひとも教えてもらいたいものです。
資本主義市場経済は勝者に富を独占させる弱肉強食社会であるが故に、資本力のある富める者がますます富み貧しき者は更に貧しくなる、貧富の格差拡大社会であることは既に端的に世界で露見している通りです。行き着く末の悲惨さが見えているのに新自由主義とか、更にこれを推し進めようというのは狂気としか思えず、自由主義の内実は独占欲支配欲以外の何物でもないのだろうと思ってしまいます。
私は経済活動にも「共存共生」といった本来経済の性格とは相容れないモラルか精神を組み込まないと行く末は悲惨だと、尚一層強く思うようになってきていますが、多分これは国際法として理念を明確にする必要があるのだと考えます。「共存共生」の理念は国と国、人と人は言うに及ばず、地上の全ての動植物とも、地球全体を包み込むまで広がるものであるはずです。「共存共生」の理念を掲げる国際法を順守すべく世界の各国が努めるなら、新たな時代新たな社会に向けて方向転換する可能性は開けてくると想います。
共産主義国家の崩壊により平等な社会は夢のまた夢で終わり、自由主義の自由な社会も国別個人別でも悲惨な結末しか見えてこないようです。
思想に拠らず宗教にも拠らずとしたら、人としてモラルを高めるところにしか行く道はないようです。人として豊かに幸せに生きたいということに尽きるのではないかと思います。
posted by 明石 at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年11月01日

知の巨人 宇沢弘文

私は経済学者とか経済評論家とかの類はあまり好きではないのですが、先日NHKクローズアップ現代で取り上げられた「知の巨人 宇沢弘文」は、こんな経済学者も居たのかと実に興味深かったです。経済は人を幸せにするものでなければならないという経済学は、30分間の番組でそのアウトラインに少し触れただけとはいえ、哲学の上に築かれた経済学で、手法論ばかりを論じる他の経済論者とは全く異質ものでした。
金が支配する社会では、人は生活するためには否応なく金儲けのために働かねばなりませんが、ここが端緒で生きるために必要な金を稼ぐというのであるならば、金を稼ぐために生きるのではないと決して本末転倒にはならないはずです。つまり、働くということは自分の生活を確保し、できれば多少でも豊かになり、結果幸せになりたいためであるということには、異論はあまり生じないように思えます。
この端緒から見れば、人を幸せにする宇沢氏の経済学は、その根っこの部分で共鳴するはずのものであるだろうと思いますが、現実はあまりにかけ離れた経済最優先で企業の論理に覆われた社会であるが故に、その落差の分宇沢経済学に違和感が生じるのだろうと思います。
経済というものはそれ自体に貪欲な性格を内包するものだと見ていますが、現代社会はどちらを向いてもこの経済の性格ばかりがむき出しで、生き残るという大義名文掲げた企業の勝手気儘な生態にに封じ込められて、人の姿は地下に閉じ込められたように見えにくくなっています。これでは人のための経済ではなく、経済のための人と逆転現象社会です。
前記ブログの続きともなりますが、戦後の貧しさの中で育った団塊世代の一人として、自分の幼少年期に比べて現在の社会のほうが良くなったかと自問すれば、貧しくてもあの頃の方が良かったと即答してしまいます。物は溢れ生活スタイルは比較にならないほど便利にはなっているのだけれど、それで豊かになったのか幸せになったのかと問い返せば、どうもそうではないと思い続けている自分が居るようです。今ではなくバブルの絶頂期との比較がより分かりやすいのですが、物が溢れ持つほどに心貧しき社会になってゆく様を見てくると、醤油や味噌の貸し借りまで隣近所と日常的に行っていた戦後の貧しき社会のほうが、貧しいが故に助けあい分かち合うような気持が自然と育まれて、自分のところの台所が隣近所に筒抜けという鬱陶しさはあったにせよ、今に比べればはるかに心豊かな社会であったような気がします。貧しさも周りが同じように貧しければたいして苦にもならず、盆とか正月とかとかのたまのご馳走が子供心にわくわくするほど嬉しかったし、美味しかったものです。今ならそんな料理は日常的で珍しくも嬉しくもありませんが、たまのご馳走を喜べたその頃のほうが物を大切にし感謝する気持ちが養われる、些細なことで幸せになれる時代であったのは間違いありません。
バブル期を過ぎたあたりから私が思い続けているのは、物が溢れた社会より、例えば必要度が10として調達度が8〜9程度の、多少貧しい社会の方が良いのではないかということです。1程度の不足は知恵を絞って創意工夫でなんとかカバーしようと人の能力を高めるだろうし、2不足すれば助け合い精神が必要になるはずだからです。
あまりに貧しいのは争いが絶えず困りますが、多少貧しくとも心豊かな社会が良いと国民の大多数が望んでその覚悟が持てるのなら、この国は変われるのだろうとは思います。
私が思う豊かさとは我執を離れて他を思いやる心の豊かさであり、他との関係性の豊かさが自分に還元されることで人は幸せになれるのでなないかということです。
posted by 明石 at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言