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2019年01月26日

本気になるほどに

ブドウを作るのをやめた15aのハウスに小原紅ミカンを植えて、半分は6〜7年生で3年前から収穫を始めていますが、今年度やっと商品化できるレベルになってきました。昨年は収穫後に追熟させるのが上手くできなくて、糖度は12度前後はあるものの酸抜けがまったくせず、食味は酸味ばかりで商品レベルではないので全部廃棄処分にしました。今年度は追熟のさせかたをあちこち調べて昨年とは全く違ったやりかたで、着色と酸抜けにほぼ成功して、商品化してもいけそうな程度の仕上がりにはなりました。糖度的には11〜14度で殆ど12度以上だから、JAだと最上ランクの讃岐紅ミカンとなります。
これから一年一年木が育って葉が茂って果実のグレードも上がってゆくはずで、3〜4年先成木域に達し始める頃には、糖度13度以上の最高レベルのものを作れそうだと思うと、早生系は上手くいかないかもとの予想を覆せそうで嬉しくなってきます。試食モニターをと、収穫した400sは年末年始に親戚友人とかに配ってしまいましたが、食味感想は概ね良好だったようです。
先週東京の市場関係者がやってきました。今年から市場出荷を再開すると昨年伝えていたこともあって、こちらへ来る機会に会っておきたいとのこと。以前私のブドウを担当してくれたO氏と久々に会いましたが、10数年振りだと聞かされて、改めて驚きました。新しく私の担当になるS氏も一緒で、新年早々2人に小原紅ミカンを試食用に送っていたのですが、答えは出荷OKのレベルに達しているとのことで、日本のトップ市場が認めるなら、商品化にお墨付きをもらったようなものです。
ブドウとミカンの園地を一回りして、倉庫に貯蔵している「金峰ミカン」を見てもらったのですが、無造作に取った2個のミカンの糖度を測るといずれも15度以上で、こんな高糖度のミカンは初めてだとあっさり認めました。市場出荷をやめてからもO氏との付き合いは続いて、年に何度かは電話で話すことがあって、数年前から「金峰ミカン」の糖度15度は珍しくなくなってきていることを話してはいたのですが、実際に現場で現物を試食して嘘でなかったことを確認できたようです。「可能なら今年少しでも出荷してもらえませんか。」とミカンの出荷要請は全く予想していなかったので、「少しでもいいなら試しに出してみますか。」と控えめに返答しました。
東京市場にないほど高糖度のミカンに化け始めたことを改めて思うと、強剪定で木の形を縦より横に広げるように作り変えたこととか、全くの自己流でやってきたことが間違いではなかったのを確信できます。ブドウをやめたハウスに小原紅ミカンを植え始めた6〜7年前から、ミカンに取り組む本気度が徐々に増して、普通温州を植え付けようと決めた一昨年から急加速です。本気で取り組むほどに想う以上の結果が出始めると、ものづくりとしての充足感はそれだけでも何物にも替えがたく、更なる次元へとエネルギーが湧いてきます。
posted by 明石 at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2019年01月20日

「書く」

半年ほどブログとか「書く」ことから離れていましたが、カラオケにもいい加減飽きがきていて次は何をと思うと、最後くらいは「書く」ことに本気で向き合ったらどうなんだとの声が、自分の中で次第に強くなってきています。
20代半ばで「書く」ことを封印して、生身で燃焼して生きて30年後まだ「書く」ことに向かおうとする何かがあるなら、そこで向き合えばいいと思い決めたことを、55歳ではなく60歳になってからだったけれど、まさか本当に実践した自分に自分でも驚いています。
ブドウの直販のためにホームページを立ち上げて、そのアシストに生育日誌をブログに綴ったというたまたまもあったのですが、それ以上に「書く」ということは私の中で燻り続けていたようです。ブドウの生育状況をブログで公開して集客に繋げるという販売戦略でしたが、ブログがそこにとどまらないのは初めから予想していました。ブログ以前にホームページを立ち上げるため文章原稿をその前年に書いているとき、やっととか妙に懐かしい一体感を覚えたり、「書く」ことを再開する恰好のきっかけになりそうだとの予感は、ホームページを立ち上げる以上に強くありました。
ときたま目の前の風景から退いてしまう瞬間、「何時になったらお前はこの部屋に帰ってくるのだ。」と呟く声を何十年も聞き続けてきましたが、30年後の50代半ばになっても「書く」ことに向き合おうとはしませんでした。「書く」気にならないなら「書く」必要は全くないのだから放置し続けましたが、でも30年が過ぎたことはそれなりに意識があって、伏せられていた自分がそこからざわめきを増し始めたというのはありました。
還暦を迎えて、このまま「書く」ことに向き合うことなく終わってしまうのかと焦りすら生じていたのですが、ブドウ作りに没頭している日常に風穴を開けるような転機は、どこにも見出せそうにありませんでした。
ブドウの販売の最終局面は直販でと、何時頃からそう思っていたのかは忘れましたが、還暦頃からはと明確に目標化していて、実際還暦を迎えた途端手始めにホームページを立ち上げる準備に取り掛かりました。翌年春ホームページを立ち上げてブログもそこから始まりましたが、ブドウの生育日誌を綴りながらその先に私が本当に見据えていたのは、「書く」ことに向き合えるかどうかでした。
5年間一度も休むことなく毎週ブログの更新を続けて、多少なりとも「書く」準備はできたのではと思っていますが、やはりまだ休むと「書く」ことを先送りし続けるようです。
今70歳を迎える頃になって、さすがに先送りする時間的余裕がなくなって、最後くらいは本気で「書く」ことに向き合おうと思いが定まりつつあります。
「桜の咲く前に」からブログは2年少しブランクがあり、再開後は文章を小説風に意図的に変えました。小説であれ思想であれ、読む者を解放する感性がベースにあるものが偉大なのだとの私の持論は変わりませんが、ジャンルは分かりませんがそんなところを目指したいとの思いはあります。
芸術は資質的に自由でなければ適いませんが、天国と地獄は裏表で、どんな世界を描いたとしても、ベースに自由な感性があるかどうかです。悪を極めつくししその業火に焼かれた者でなければ神にはなれない近づけない、これも私の持論です。
posted by 明石 at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2019年01月12日

最後の同窓会

還暦を始めとして5年毎3度目の同窓会が1月5日に行われました。
出席者は47名と前回より10名ほど少なく、卒業時総数が242名だから出席率はほぼ2割です。既に亡くなっている者が、26名というところまでは分かっていますが、全体の1割強ということになり、この割合は全国どこでもそう大差ないのかなと思ったりします。
私等は今年度中に全員70歳を迎えますが、皆5年前に比べてやや老けた感があるとはいえそう大差もなく、本当に老いが加速してくるのはこれからなのだろうと、差し迫った予兆に色濃く覆われています。
元気でいたいのなら自分から老け込まないのが肝心だと、1昨年以来私はそのことを実感し続けています。農業経営の抜け道の無いような厳しさということもあったのですが、60代に入ってから私は経営規模の縮小を重ねたり、意図した訳でもないのに終活のサイクルに入っていて、年々面白くなさが募る一方になり、60代半ばごろには、早くお迎えが来ることを願うようにさへなっていました。
1昨年秋温州ミカンの苗木を50本予約注文した時、採算が取れるまで10年も要するものを植え付けるなど終活目線からは論外で、終活に入っていた自分をその時明確に破棄してしまいました。冬場に苗床を準備して春3月に苗木を植え付けると、小さく縮こまり続けた自分から解放されて、久々に活気を取り戻してやる気と元気が出てきました。
今春ミカン苗木100本と思っていたのですが、苗木屋さんの都合で50本になりましたが、苗床の準備はもう終わっていて、3月にそこへ植え付けて育てるのだと思うと、更にやる気と元気がでてきます。
元気でいようと思うなら、年だからと自分から老いを迎えに行くことをやめて、自分が活き活きできることにエネルギーを注ぎ込むのが一番です。
同窓会でまわりの参加者を見回しながら、仕事できる体力能力とも私は多分ダントツであるのだろうと思えます。私は65歳を境に年々若返ってきて今60歳に帰りつつあるので、同級生と年齢差は10歳にまで広がったと少し前京都の友人に言ったのですが、最近の元気さからすると爆笑されるほどの冗談でもなさそうです。
二次会でカラオケに行ったのですが、そこでSuperflyや宇多田ヒカルを歌うと皆唖然としていたようです。やはり少々破天荒なほうが私には似つかわしいようです。そのうちとんでもなく若い彼女ができるかもと言い出しそうになったのですが、自分で吹き出しそうになるので止めました。
posted by 明石 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2018年07月07日

あの日 あの時

夕方野菜畑へ草刈りに行こうとすると、「あのアパートからおじちゃーんてアカリちゃんが駆け出してくることはもうないよね。」と奥さんがぽつりと言う。どこかタブーに触れた感を覚えながら、何を今更「そんなことはない。人生どんな事が起きるか分からないから、アカリちゃんがあのアパートに戻ってくることは絶対ないとは言い切れない。」とへそ曲がりの本領を発揮して返してしまいました。
アカリちゃん達一家が居なくなってから、努めて考えないようにしていたのを、奥さんに蓋を開けられたようで、もぬけの殻のアパートから隙間風が忍びこんできます。隙間風に晒されたくないから無視していただけで、本当は何時だって風は何処かで吹いていました。
アカリちゃん達一家が居なくなってからその後それっきりなのかと言えば、これが全く逆で10か月くらいで4〜5回は会っているし、親密度は一家がこちらに居たときよりはるかに増してます。以前ブログに記したことがありますが、人との関りで私が本当に大切にしたいのは、気持ちが通う心が通うような人との出会いです。本音で触れ合うところがあるのなら、その得難さは何物にも換え難いと思っています。ヒサヨちゃん親子と私等には何かそのようなものがあると感じています。でなければとっくに終わっていた関係のはずです。
でもいくら親密になっても、ヒサヨちゃん親子を毎日見ることができたあの頃の日常とは違います。あのアパートにヒサヨちゃん親子が居た頃の日々は既に過去になって、永遠に二度と帰ることはありません。同じ状態で同じ時同じ場所にとどまるものは何ひとつない、仏教的には無常ということになるのだろうけれど、愛しいあの日あの時にもう一度帰りたいと欲すると、さながら業風に晒されるように無常観にキリモミ状態にされます。60代後半になっても常に前を向き続けているのは、それを嫌というほど味わっているからです。
私が野菜畑に行くとアカリちゃんが「おじちゃ〜ん」とアパートから駆け出してくる、あの情景は、私の心に深く刻み込まれています。心に深く刻み込まれた情景を、刻み込まれた情景シリーズでブログに記していますが、その殆どは10代の頃のことですが、今この60代後半になって、その頃と変わらないほどに深く刻み込まれた情景に出会えたことに感謝するとともに、まだ動脈硬化を起こしていない自分の感受性を宝物のように嬉しく思います。
posted by 明石 at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2018年07月03日

天山のお問い合わせに

瀬戸口さんからの天山に関するお問い合わせですが、6年前の記事のコメント欄となりますので、最新のブログ更新という形で返信いたします。
表面にサビ化ということだけでは本当のところが分かりかねますが、今の時期ならうどんこ病と縮果病があります。多分うどんこ病ではないかと思いますが、トリフミンを通常の2000倍よりやや濃いめに(私なら1500倍)で散布するのがベストかとおもいますが、うどんこ病は本格的に発症すれば果実は石化したり著しく見た目は損なわれます。皮ごと食べれる皮の薄い品種は、この他ベト病、灰カビ病とかに高温多湿だと侵されやすくなります。農薬は残効日数をしっかり確保するよう散布すれば、安全基準値を上回るようなことはまずありません。私も筑波で検査してもらったことがありますが、残留農薬はほとんど検出されませんでした。
ですから、天山の防除暦を調べて、どんな病気や害虫に備えなければならないかを知っておいてください。
あとひとつ裂果についてですが、天山が一番裂ける時期は、糖度15度を越え始めたころからです。若木の頃わりと裂けずに仕上がったりすることもありますが、たまたまと考えるほうがよさそうです。雨を完全にシャットアウトして水をコントロールすることと、30度以上の高温にならないような設備の中でないと、天山は難しいのだろうと思っています。
posted by 明石 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2018年04月13日

続 よりフリーに

釣りに行かなくなってもう4年が過ぎました。往復500q以上の宇和島方面への日帰り釣行は疲れが残り過ぎて、体を休めてエネルギーを蓄えなければならないオフシーズンにこんなに疲れていたらとの思いが次第に募って、4年前から釣行はぷっつり途絶えました。釣りそのものに10年以上前から飽きが来ていて、オフシーズンの10月後半頃からブドウから頭を切り離すために釣行するのですが、釣りに気が入らなくて寝てばかりというのが毎年最初1〜2回の釣行恒例となっていました。2〜3回釣れない(釣らない)釣りを続けると、やっとむくむく釣り師魂が目覚めてきます。釣れなかった、釣らなかったから釣ってやろうと思うだけで、どれほど釣果を出しても嬉しさとか感動はあまりないし、向上心に燃えて釣りに夢中だった時期がとっくに過ぎているのはどうにもなりません。
釣りは30歳頃に始めて35年間続いたのですが、私は本気になると30年近くやり続けるというところがあって、間違うとちょっと怖いなと自分でも思っています。
今気づいたのですが、ブドウづくりも今年で30年目のはずで、私の一段落のサイクルはそこにあるのか、それでミカンとか他のことをやろうとしているのか、サイクルという新たな角度で見ると、そうでもあるようだと思ってしまいます。
草野球も50歳の手前まで、走れなくなって止めたのですが、30年近く続いたことを考えると、30年というのは私の本気度成就の一サイクルの時間で共通しているようです。
カラオケは今年4年目ですが、釣りがカラオケに変わったということは無論自覚しています。釣りは疲労が残り過ぎたり、却ってストレスをためこんだりということもあって、気分転換ということならカラオケの方が容易です。あらん限りの声を振り絞って歌っていると、自分の中身も空っぽになっていくような大掃除状態で、これって凄い健康法なのかと思ってしまいます。
最近一人カラオケが多くなってきています。相方が友人の仕事を手伝うようになって、週一回一緒にというのも難しくなってきているのですが、一人だと2〜3時間で十分だから週一程度ならまだしばらくは行けそうです。
カラオケは何時まで続くのか、そう長くは続かないだろうと思っていますが、問題は他者に歌を聴いてもらいたいと思うかどうかというところなのは分かっています。それはこのブログとかの文章表現で他者に向かう気持ちがどうなのかということと共通しています。他者に向かう気持ちが無ければ文章は刻まないし、もう少し強い気持ちがあれば本気で書くことに向き合うだろうと思ったりもしますが、デリケート微妙で点いたり消えたりというところです。
昨年カラオケはもういい止めようという時期がありましたが、歌も表現である以上他者に向かわざるを得ないところがあって、ここを無視して自分一人の世界に閉じ籠り続けるのは難しいようです。つい5〜6年前までカラオケに行く自分などあり得ないと疑う余地もなかったはずですが、それを自分の意志で覆したのだから、更に在り得ない自分を展開させてみようかと思うこともありますが、冗談ではないと憮然とする自分も強固です。
70歳が近くなっても、あるいはだからこそなのか、知らない自分と出会うのはことのほか嬉しいです。よりフリーに在ろうとすることは、生命の輝きその炎を自分の中に見出したい故にです。
posted by 明石 at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2018年03月28日

苗木を植え付けて

注文していたミカンの苗木が届いたので、翌日早速植え付けました。
3月に入ってすぐ苗床をもう一度耕すなど準備を万全にしていたため、5時間ほどで50本植え終わり、予想よりはるかに早くて、100本植えるのも2日あれば楽にできそうです。
来年100本植えて、再来年も100本と思うと、なんだか元気が出てきます。10a60本で計算すると300本だと50aになり、既にハウス跡15aは小原紅ミカンが2年前に植え付け終わっていて、現在収穫している青島系金峰ミカンとも合わせると、70a(7000u)は越えるような規模のミカン園となりそうです。
もともとミカンを作るために開墾された畑を、最後にもう一度ミカン畑に戻すのは、日の目を全く見ることなく終わった物をそれに携わった先人たちの思いも含めて、このままでは終わらせないという意地か反骨魂をどこかにちらっと感じたりもします。標高による気温差が当初は大きなハンディとなってミカン畑は壊滅したのですが、10年ほど前からことに夏場の高温でブランドの産地が品質を低下させる一方、平地に比べて3〜4度気温が低いということが大きな利点となっていて、ここでなら質の高いものが作れると気象環境は今や逆転しています。
私等の畑は五色台の南東中腹斜面の一角にあって、標高200〜300mというところですが、斜面である以上労働条件はその分厳しくもありますが、美味しいものができる条件はほぼ完備しています。立地条件は人の努力や技術で越え難いもので、たとえば私が西向きとか北向とかで作っていたなら、どれほど努力しても今のブドウのレベルには到達しなかったのではと思ったりします。立地条件とは言葉を換えれば自然環境で、農業は自然の中での生産活動であるが故に、自然のなせる業に人がどれほど無力であるのか、時として嫌というほど教えられます。だからせめて適地適正を誤らない選択をしなければということに尽きるのだろうということです。
私は昨年末からミカン園の復活に本気になり始めてから、終活に入っていたような自分をどこかへ蹴飛ばしてしまいました。ことさらそう思って終活に入ったのではありませんが、60歳になった時、もう何時終わってもいいと思ったことが引き金になってしまったようです。ホームページを立ち上げて、ブログを書き始めたのも60歳からで、だからブログも次第に終活的な動機を反映したものになっていったということはあるようです。60代中頃には何事につけ意欲も薄れて、早くお迎えが来ることをどこかで願ってもいました。
けれど、仕事をしていて分かるのは、体力も能力もまだ殆ど衰えが来ていないということです。今68歳ですが、日本の専業農家の主力の平均年齢と同じです。体にどこか悪いところがある訳でもなく、まだばりばりの現役生産者であるのが当然なはずです。結局、終活に収まらない体力や元気さが内側から爆発して、終活を破り捨てたということになるようです。もう一度生き直しのようでもあり、今度は最後までイケイケです。
完成や完結はそもそも無いのが本当で、自分という命が燃えれることが一番大切で、燃え尽きて終わればそれでいいのです。
posted by 明石 at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2018年03月15日

黙する季節

6年前に親父殿が亡くなってから、毎年のように1月から3月の間に近しい者親しい者が亡くなり続けて、気が付いてみるとこの時期になると私の語り口は閉ざされがちになっています。喪に服すとか別にそんなことを思っているのではありませんが、命日頃には故人をなんとなく思い浮かべて、亡くなったからと言っても何も変わらず私の中では存在し続けているよ、と面影に語りかけていたりします。
親父殿や北村氏の死はブログに記していますが、北村氏の一年後の一昨年3月には姉が亡くなり、昨年1月には叔父が亡くなっています。不思議なのは死別ということにあまり感情が湧かず、私の中では変わらずに存在し続けていて、違いは生身の本人に対面することがなくなったということです。他者との関係が記憶の積み重ねの中ににあるのなら、死もそれほど決定的な意味を持たず、新たな記憶を生み出す未来が閉ざされただけのことになるのではと思えたりします。
私もそうでしたが、人の寿命から考えて平均的であると、60歳前後から親世代との別れが始まり、兄弟とか友人とかにまで及び始めてくると、死が自分にも身近に迫って来つつあるのを漸く悟ります。命は必ず終わりが来ると頭では理解していても、まさか本当に自分にそんなことが起こるとは思っていないのが常ですが、60を越えて毎年葬式ばかりに出席していたら感じ方が変わってきます。それがことに自分の近しい者親しい者であれば猶更です。
近しい者親しい者が亡くなり続けたここ5〜6年、彼らは私の中では変わらずに存在し続けています。死者は物理的には存在しなくても、関係が深いほどに人の心の中には存在し続けます。私は年齢的にはまだ始まったばかりかも知れませんが、高齢になるほどに他者との関係は死者の割合が増えてきて、例えば百歳の人の心の中に存在する人々は圧倒的に死者の割合が高いのではないかと思ったりします。
何時だったか、同級生とのお茶会の日、皆が来るのが遅れて、私は一人でぼんやり戸外の樹々を眺めていると、朝陽が眩しくて白日夢的に、皆がこの世にいなくなって自分が最後の一人になったと仮想してみると、ああ長生きはしたくないとの思いがこみ上げてきて、白日夢は終わりにさせました。
命はどこまでも生き続けようと欲するものかもしれませんが、あまりの長生きは心理的にきつそうです。私の親父殿は死の2月前まで畑仕事をしていました。いわば死ぬまで現役の生産者であり続けたという、羨ましい限りの理想的な終わり方で、私も同じような終わり方ができるようただ願うばかりです。
posted by 明石 at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2017年12月25日

苗床準備

これから3〜4年で普通温州みかんの苗木を300本植え付けるとして、苗床の準備にどの程度手間時間がかかるのか、とりあえず来春に植え付ける30本分の苗床を掘ってみることにしました。ブドウだと苗木一本植え付けるのに、永年床くらいのつもりで、深さ40pで20〜25u掘り起こして砕きます。1日に2本分しかできませんが、面積にすると40〜50uとなります。みかんだと1本分は3uと決めているから、単純計算だと1日に15本分前後となりますが、根の広がりとか土の固さとかでずいぶん違ってくるので掘ってみないとわかりません。
道具は例によって ツルハシと二本鍬とで、今時こんな原始的な肉体労働をする者は居るのか、と思ってしまうほどハードです。土建業の友人がこの作業を見て、「今時の若い奴にそんなことをさせたら、半日も持たずに皆辞めてしまいますよ。」と言う。
気温が3℃以下の時でも額が汗ばむほどにキツイのだけど、一堀り一堀りに思いが籠っていくから、私はこの作業が嫌いではない。途中苗木屋さんに電話してみると、苗木の追加注文20本可能だとのことで、結局6日間で50本分の苗床を掘って今回はここまでです。来春は50本の植え付けですが、再来春からは100本となりますが問題なさそうです。
ツルハシや二本鍬を打ち込む度にミカン園再生の思いが強く固まって本物になってきます。3年後までに300本苗木を植え付ければ、普通温州ミカンの園地面積は50aは楽に超えそうです。
ミカンは普通温州の青島系がやはり一番おいしいです。私のところで今収穫しているのは青島系金峰ですが、糖度12〜13度はごく普通、時には15度を計測することもあります。
10度以下の極早生や10度前後の早生ミカンから撤退が始まっていると報じられていますが、美味しくないと消費者離れは当然だろうと思っています。
ミカン園地の再生は10年後を睨んでのものですが、店じまいにかかっていた自分を破棄して、元気と意欲を取り戻し始めている自分が本物になりつつあるようです。活気を得られること生命を燃え立たせてくれるようなことが最大の価値があると今改めて思っています。
posted by 明石 at 18:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2017年11月29日

ミカン園地の再生

普通温州ミカンの苗木を30本予約注文しました。苗木が届くのは来年3月ですが、これを手始めとして、いよいよ普通温州ミカンの園地の整備改植を本格化させる積りです。3〜4年後までに300本程度苗木を植え付けて、普通温州ミカンの園地面積を50aまで復活させようと考えています。私等の園地はもともとミカン栽培のために国の補助事業で開墾されたものですが、木が成長して本格出荷を迎えた頃には、ミカンは生産過剰で市場は惨状を呈していました。加えて園地が標高200m〜300mほどの高地にあり、気温が平地より3〜4°低く、出荷時期が他産地より一月近く遅れて勝負にならず、ただの一度も日の目を見ることもなく、生産が本格化するのと撤退が始まるのがほぼ同時でした。総面積40haほどのミカン畑で今残っているのは、生産者は一人で面積は2haほどかと思います。
私のところは自家用程度にしか残していませんが、再びミカンをと思い始めたのは、特にここ5〜6年気温の上昇で、ブランドの産地でもことごとく品質が低下の一途にあるという現実です。昔は3〜4°気温が低い高地ということが太刀打ちできないハンディだったのですが、今はそれ故に品質の良いものができると、逆転しているのを感じ取っているからです。加えて生産者も激減しているはずで、10年後なら尚更です。
小原紅早生ミカンは今春40本苗木を植え付けて、ブドウを止めた15aのハウス全域に苗木の植え付けが完了しました。ハウス半分は6年前に苗木を植え付けていて、来年には初出荷となりそうです。まだ若木なので成木にならないと結論は出ませんが、現在一番糖度の高い木は13°を越え始めて、糖度的には最高レベルに達しそうです。
ミカンは苗木を植え付けて成木化するまでに10年以上を要します。10年後に私は仕事ができるのか生きているのかそれは分かりませんが、10年後でも自立自活できるだけの基盤整備をしておこうと、最近考え方が変わってきています。何時まで仕事ができるのか、生きているのかばかり考えていたら、何もできなくなるだけです。父が85歳まで現役で農業を続けられたのだから、それを一つの目安として、生涯現役を目標とします。考えてみると、80歳を過ぎて自立自活の専業農家で在り続けるのは素晴らしいことで、生来へそ曲がりの私にはぴったりの理想形であるのかも知れません。
70歳が近くなって10年後のために苗木を植え付け、80歳が近くなっても10年後のために苗木を植え付け、90歳でまだ10年後のために苗木を植え付けられるなら、それはもう笑い話になりそうですが、専業の生産農家の生態は本質的にそうであるのだろうと思えます。私も農業人であるならそのように農業人生を全うしたいものです。
ヒサヨちゃん一家との関わりで、また別のところで自分が目覚めたようです。60歳を迎えた時からもう何時終わってもいいと、どこか終活に入ってしまっていた自分を破棄して、本来の自分に帰り着いただけなのかも知れませんが、やる気を取り戻せたのなら願っても無いことです。ヒサヨちゃんが私の後をやるのかどうかは分かりませんが、やれるように基盤整備をしておかねばと思うのと、ヒサヨちゃんがやらないのなら農業体験塾的なこともしたりして良い出会いがあればと考えたりもします。いずれにしろ、私が自立した専業農家の現役最前線であることが前提で、何時まで何処までとかつまらないことは考えないで、そう在り続けようと努めるだけです。
posted by 明石 at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言