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2019年03月10日

月の道

3年前大学時代の友人3人と淡路島の温泉ホテルに集って、ミニ同窓会を行った時の情景が時々頭に浮かんでくることがあります。大阪出身で今は和歌山県橋本市に住むY氏、京都のI氏、加古川のU氏、それに私の4人で、I氏はその前年にも我が家に来ていますが、Y氏とは20年は会っていないように思えるし、U氏とは学生の頃からだと40何年になるのか考えると面倒くさくなります。
その数年前からY氏が、元気なうちに一度皆に会っておきたいと、I氏を通じて言ってくるのですが、あいつどこか悪いのかと聞くとそんなことはないとのことで、あまり気が乗らない私は先送りし続けていました。都会育ちほどに大学時代の仲間を懐かしむのは何なのだろうと、高校や大学に懐かしさのカケラも持ち合わせていない私からは奇異に映ります。もっとも向こうからすると、私の薄情そうなところが不安要素であるようですが、田舎人特有の土着体質なのか、私は小学時代を一緒に過ごした仲間が比較にならないほど懐かしい。
業を煮やしたY氏が直接再三電話してくるようになって、私も観念してミニ同窓会が実現した次第です。
最初は南紀の温泉ということでY氏に任せていたのですが、いささか独特の趣味嗜好の持ち主で、I氏がそれを懸念して私に電話してきたので、それでは関西と四国の中間淡路島にして私が手配すると決めました。
10月のよく晴れた日の昼下がり、私は淡路島は初めてでしたが、予定通りに2時間足らずで到着しました。ホテルのロビーで寛いでいると、ほどなく全員集合というか、皆私より早く着いて近辺をうろついていたらしい。
Y氏はさすがに老けて、何をやらかすか得体の知れないようなオーラが消えて、なんとなく小さくなったなと感じてしまいました。小柄なU氏が学生時代そのままで殆ど変わっていないのには驚きました。
海を見渡せる眺めのいい部屋を用意しましたとのことで、10階だったかどうか忘れましたが、部屋に入ってみると眺めの良さは言葉以上で、気持ちが伸びやかになります。20年とか、40年ぶりとかそんな長い時間を経てでも同じ部屋に集えば、何の違和感もなく収まるのも不思議ですが、部屋の背景に伸びやかな眺望が開けていることも無関係ではないのだろうと思ってしまいます。
60半ばを過ぎると皆さすがに憑きものが落ちているというか、口角泡を飛ばして激論とか、そんなエネルギーは源で枯れてしまっています。Y氏が「生きた証を何か残したい。」と真顔で言うので、「お前子供がいるだろ、子供や孫がいるなら、それがお前が生きた証だろ!」と即座に返してしまったのですが、いかにも不機嫌な言い方で自分でもびっくりしました。私は時々他者が消えてしまうほど自己完結的であり過ぎるところがあって、他者の中に自分を刻み込むような欲求は見失いがちです。高校時代からの悪友K氏の葬儀の話をしたのですが、関係性の中で人は死んでも、その人を知る人が居て思い出されたり話題になったりする限り存在し続け、そういう人が一人も居なくなった時初めてこの世から消滅する、ということを。
「生きた証」とか死後何時までも名前を残したいとしても、歴史に名を刻むような大人物にならない限り、人は皆大差なく忘れられ消えていく存在なのだということです。野に咲く花は誰のために咲くのではなく、自分という一つの命を精一杯生きているから、変わらぬ一つの命の尊さを宿しているのです。
Y氏はスマホで私のブログを読み始めました。U氏が「悪友の死」のブログ読んだけど、あれからブログが更新されていない、もう書かないのかと聞く。分からないと答えると、特異な生き方をしているのだから小説を、自伝小説とか書いてほしいと言う。
自伝小説はどこまで本当の自分に迫って描いたとしても、どこまで行ってもフィクションでしかあり得ない。日本の近代小説が私小説云々は、読者も作者もここを混同して描かれた主人公と作者を同一視するから、作品という次元へ飛翔しないのだ。もし私が小説を書くなら、私は私のこと以外書けないから、その意味では自伝的と言えなくもないが、生身の総体を書ききることは不可能で、書かれた私は主題視点とかで切り取られた断面である上、私の気づかない作意がどう働いているかも分からず、故に描かれた私は作品としてしか成り立たないということです。ここに集った4人は皆文学部で、最後に自伝の一つも書いて自分を残したいらしく、それが妙に私を苛立たせます。
夜9時ごろだっただろうか、仲居さんが教えてくれていたのですが、ベランダへ出てみると、満月が海面に月の道を描いていました。一人で暫くその幻想的な風景を眺めていると、それだけでもここへ来た甲斐はあったと納得できました。その後も時々あの月の道を思い出すということなのです。
posted by 明石 at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言
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