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2019年02月19日

続 30年を過ぎて

先日ミカンの出荷で地元の市場へ行くと、果実部の幹部連中に取り囲まれて、「明石さんお久し振り、元気でしたか。」から始まってわいわいがやがや。4年ほど前からミカンを出荷しているのだけれど、夕方ごろ行くから会わなかっただけで、部長、課長とは10年くらいは会っていないから久し振りなのは間違いないです。
「どうしてます?」と聞かれ、「うん、ブドウを半分くらいに規模縮小して、ブドウを止めたハウスにミカンを植えている。小原紅は15aのところに100本ほど植えて、半分は6〜7年生でやっと出荷できるレベルになってきた。普通温州も昨年50本植えて、今年も50本、来年は100本植えようと、、、」と明石先生の演説が始まると、皆ニヤニヤしながら結構楽しそうなのでつい調子に乗ってしまいました。帰り際部長が「明石さんが時々来て吠えてくれたら僕らも元気がでますよ。」と言われると、お笑いタレントなのかとがっくり。
夢や野望が潰えてもそれで全てが終わるわけでもなく、生きて在ることの副産物程度のことなのだろう。専業農家なのだからそれで食っていかないと死活問題になるのだけれど、だからといって、食っていくためだけに農業をしているのではない自分があります。
専業の果樹農家として30年を越えてくると、苗木を植え付けて育てることはそれもまた一つ一つの命と向き合うことで、私の生活は樹々と不可分変更不能となっているようです。雨が降ろうと雪だろうと台風だろうとどんな悪天候でも、一日一度は必ず園地を巡回します。寝床に入ると明日の作業を考え、目覚めると今日の仕事の段取りを反芻してから起き、私の日々は果樹を作るためにオートシステム化されてしまっているようです。雨とか悪天候で二日も仕事ができないと気が滅入ったりしますが、そんな時文章を刻むことに向き合えばと言われそうですが、余暇ですることは本分がしっかり確保されているからこそできることなのです。
30年を過ごしてみて、これほどまでに農業に適性があるとは自分でも予想外でしたが、土に根ざす農業は土に根ざすような生き方と重なり合ってあるようです。成功者となり得ませんでしたが、破局へ向かう一方と言えるほど困難な時代に農業に従事したことは、自分ではらしくて良いとどこか納得できるところがあります。終活を破棄していわば墓場から蘇生してきて、近頃、このまま終わってたまるかと、持ち前の反骨精神がむくむく頭をもたげてきています。時代と衝突して生きて、自己主張を貫くには、或いは農業が最適であったのかもと思ったりもしますが、死ぬまでまだ終わっていないのは確かです。
農業、漁業、林業はさながら絶滅危惧産業と化していますが、第一次産業が終われば国が形を失って崩壊するのは間違いないと思っています。経済は世界が連動しているだけに、どこかの国の事件が深刻な世界同時不況になったり、先が見通せないし不安定です。本当に強い国、少しでも確かな国とは、農業、漁業、林業の第一次産業の基盤整備ができていて、そこをベースに確保できている国だろうと思います。経済がこけた時に何もない国、そんな日本を想像してみる必要が切迫してあるのだと言いたいです。


posted by 明石 at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言
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