私の農業歴は今年で何年になるのだろうとふと思うと、始まりは平成元年とほぼ同時だから分かりやすくて、農業に従事して専業農家として30年が過ぎたことになります。専業だから一個人一経営者ということもあって、30年間生産資材、機材の価格とか市場価格の変動をつぶさに見てきましたが、生産資材、機材の価格の上昇にはただ呆れるばかりです。20年以上続いたデフレスパイラルのなかでも、農業の生産資材は原油が値上がりするたびに値上げを繰り返し、30年前となら2〜3倍価格が上昇しているはずです。
デフレスパイラルの中で他の殆どの物価は据え置かれたままなのに、農業の生産資材(漁業、林業も多分同じだと思う)は何故毎年のよう値上げを繰り返すことができるのかと考えると、値上げに歯止めを掛けるものが何もないという実情です。個人である農家がいくら文句を言ったところで、気に食わなければ買わなければいいとメーカーに言われればそれまでです。農協がもし本当に農家のためにあるのなら唯一歯止めになれるのだけど、販売価格が高いほどに農協に落ちる金額が増えるのだから自ずとメーカーサイドになり、農家のために農協があるのではなく農協のために農家があるのが実情です。
少し前、小泉進次郎氏が自民党の農政部長をしている時、日本の農業の生産資材は韓国に比べて2〜3倍高いと発言して、私はこの人は本物かもと見直したのですが、物価がほぼ同じの韓国の2〜3倍高い生産資材というのはどうみたって異常です。例えば30年前20s1袋1000円以下だった肥料が今3000円前後です。これを10アールあたり7〜8袋使用するとその費用の回収が難しくなります。今全国の畑で土壌の栄養不良化が過激に進んでいるそうです。
生産コストの過激な上昇とは逆に、農産物の市場価格はこの30年まさにデフレスパイラルで下がり続けています。市場の仲買さんは生産コストは一顧だにせず売れるか売れないか商売の都合だけで価格を決めてきたからです。農家は安く買いたたいて殺しても次々現れるから大丈夫と平気で放言する仲買を何人も見てきたし、価格を決める市場の現場にはそんな雰囲気がいつもどこかにあったのを感じ続けていました。
生産コストの上昇と市場価格の低迷にじりじり追い詰められて、リーマンショックの前年の原油高ショックは衝撃でした。当時私は東京市場に出荷していてつぶさにそれをわが身で体験しましたが、高額なブランド農産物がばったり売れなくなりました。東京日本橋の百貨店本店筋でです。翌年リーマンショックが起きて不況風が吹き荒れると、あろうことか百貨店がやがてスーパーと青果物の安売り価格競争を始め、市場価格は更に急降下となり、何年もしないうちにブランド農産物の産地が全国のあちらこちらで崩壊し始めました。
品質の高いものを作ろうとすると手間もコストも増大しますが、市場で軒並みスーパー価格で扱われたのでは生産コスト割れとなって、経営が困難になるのは必至です。良い物を作ろうと一生懸命に努力するほどに貧しくなり成り立たなくなる、なんて馬鹿馬鹿しい時代に入ったんだと苦虫を噛むばかりです。
私の30年の農業歴は農業の崩壊最終局面と重なってあるようです。価格上昇を続ける生産資材、機材、下がり続ける市場価格でじわじわ追い詰められた挙句、原油高ショックとその翌年のリーマンショックによる不況風がとどめとなったようです。
今全国の青果市場が血眼になるほどに生産者は激減しているはずです。生産コストが販売価格より高くなれば経営が不可能になるのは自明で、結局農業農家は四方八方から食い潰されて終わるのだなというのが私の見方です。
生産者サイドで販売価格が決められない農業、漁業、林業の第一次産業は、多分同じ状況下にあるはずです。一昨年今国民民主党の党首である玉木雄一郎氏と話す機会があって、その時「突き詰めると非常に単純な結論に至りますよ。農業も製造業の一つと横並びに考えると、販売価格が生産コストをもとに生産者サイドで決められるよう構造改革がなされない限り、産業としての自立はあり得ないし、どこまで行っても食い物にされるだけですよ。」と私は言ったのですが、氏からコメントは返ってきませんでした。
市場が色めき立って生産者確保に走り回っても、生産コスト以上で販売価格を確約しない限り、農家を繋ぎとめることは無理です。先日東京市場の担当者が来た時、「最低でも今の市場価格の倍」と言ったのですが、スーパーとかの店頭価格が今の倍以上になった時、果たして売れるのかとなると多分売れないだろうとまで付け加えました。地元の小売業者さんから「安くても売れない時代に入った」との声が時々耳に入ります。「地方は安くても売れない時代に入り始めている」と言うと、「東京は下げればまだ売れますよ」と返ってきましたが、地方から始まっていずれ波及するのは時間の問題です。
本当に最大の問題は、日本の国内消費力がどこまで落ちるかです。私等団塊の世代からは年金だけでは生活が厳しく、大半が生活苦予備軍となります。また全国の就業者の40%余りが非正規雇用ということは、そこも生活苦予備軍ともいえ、合わせると国民総数の半分近くになりそうです。ここがベースになると内需で成長してきた日本経済が凋んでいくのは疑いのないことに想えます。