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2017年10月10日

やっと来たその日

愚図ついた天気が続いて久々に晴れた日の朝、10時になったので倉庫に降りて栗の実を取りだしていると、うちの奥さんの車が上がってきました。後ろのドアが開いて「おじちゃーん!」アカリちゃんです。「アカリちゃん、おはよう。」笑いながら言うと、なんだか照れくさそうにもじもじしています。一か月余りのご無沙汰が正直に反映しているようです。
早すぎず遅すぎずという絶妙のタイミングで、ヒサヨちゃんとうちの奥さんがこの日を決めたのですが、別れ際の言葉を本音と受け取っていいのかどうか、お互いに手探り的なところもあったようです。そんな心配は取り越し苦労で、お互いに本音だったからすんなり実現したのだと思います。
「すごく楽しみにしていました。」とヒサヨちゃんが何度も言いましたが、それは私等も同じで、来る日が決まったその時からカウントダウンの日々を指折り数えていました。
ヒサヨチャン一家が私の近所のアパートに居たのは、昨年3月から今年の8月までの1年半で、それはヒサヨちゃんにとって過酷といえるほどに厳しい1年半になったのではと思っています。あちこちの休耕地や放棄地を借りて、総面積5町(5ヘクタール)でにんにくを栽培するためにやってきたと言うので、7〜8人の作業員でやるのかと思えば、3人でやるのだと言う。3人で5町の栽培は不可能で、5反の間違いでは問い直すと、間違いなく5町だと言う。その無茶無謀さに呆れ返ったのですが、50代の社長をはじめ全員農業未経験で、盲蛇に怖じずとはまさにこのことだなと溜息が出ました。
今年の1月、実は旦那が昨年10月に出て行ったのだとヒサヨちゃんから聞かされた時は、私はその場に凍って固まりました。どんな事情があるにせよ、1歳と3歳の幼子を抱えた妻を残して出て行くなど、もうそれだけで男として人として失格だと、やがてめらめら怒りが燃え上がって来て、この時から私と妻はヒサヨちゃん一家に気持ち的に本気で肩入れするようになり、通常のご近所さんラインは越えてしまったようです。
今年8月でヒサヨちゃんは会社を辞めましたが、これがまた酷い話で、胸糞悪いので要約しますが、社長がとんでもないペテン師であることが発覚したということです。今年は猛暑日がうんざりするほど続いて私でもへとへと気味でしたが、ヒサヨちゃんに聞くと草刈りをするのだと言う。馬鹿な、こんな猛暑の中で毎日8時間以上も草刈りなどしたら死ぬぞと警告をしても、ヒサヨちゃんに仕事を指示するのは社長だからどうにもならず、私ほどにヒサヨちゃんも社長もその危険性を認識していない故に、素人の馬鹿社長に殺されてしまうぞと心配で心配で、怒鳴りこんでやろうかと発作が起きそうになるほどでした。「私、そんなに弱くない。大丈夫だから。」と猛暑の中で毎日草を刈り続けるヒサヨちゃんに驚きました、「なんて凄い娘なんだと!」
1年余り子育てに仕事に一生懸命なヒサヨちゃんを見てて、なんでそんなに頑張れるのか心打たれるほどで、体力も精神力もこんな凄い娘もいるのだと自分の認識を改めさせられました。
私等にはヒサヨちゃんは前向きな顔しか見せませんでしたが、旦那さんのこととか長年信じてきたお寺さん社長のこととか、本当は深く傷ついていたのだろうと思っています。どれほど深く傷ついてもアカリちゃんやダイゴちゃんの世話は泣く暇もないくらい待ったなしで、それが逆にヒサヨちゃんを救った面もあるのだろうと思います。子供が居なかったら一人で持ちこたえられたのかどうかそれは分かりませんが、子供を守ることで逆に子供に守られていることもあるのだろうと思えます。
私には子供も居ないし後継者もいません。私と妻、私等が終われば園地は廃園、家は廃家となります。市場関係者とかお客さんとか行政など関係各方面から後継者をなんとかと言われ続けてきましたが、どれほどレベルの高いぶどうを作っても食べていくのが精いっぱいというのでは後継者を作ろうという気にはなりませんでした。
それが猛暑の中で草刈りをするヒサヨちゃんを見てて初めて気が変わりました。1週間余り考え尽くして、ヒサヨちゃんに伝えたのは、「農業で自立したいと言うのがにんにくでなくぶどうでもいいのなら、うちでぶどうを作るという手もあるよ。私には子供も後継者も居ないし、私が終われば廃園になるだけだから、ヒサヨちゃんがやるのであればいずれヒサヨちゃんに全部あげるよ、農地も家も。ただ養子縁組して法定相続人になってもらわないと、私には甥や姪がいるので、贈与では立場が弱いから。」ということです。
その時はヒサヨちゃんはにんにくに一生懸命であまりピンとこなかったようですが、この件に関しては私の方は全く同じ変わっていません。ヒサヨちゃんのお父さんにも引き上げる際にはっきりそう伝えています。
ただ決めるのはヒサヨちゃんです。そんなに慌てて決める必要もありませんが、技術の伝承というか、1人前のブドウ作りに育てるために、3〜5年の期間が必要ということもあり、私がくたびれてしまってからではきつくなるということと、現在どんどん規模を縮小しているのをどうするかということもありますが、今の私の体力、能力ならまだ暫くは両睨みでもいけそうです。今回園地でヒサヨちゃんに言ったのは、やれるかどうかではなく、やる気になるかどうかだということ。私の密かな想いは、もしやるのであれば、5年で日本のトップクラスのブドウ作りに育てる自信はあるし、本人がどう思おうと、ヒサヨちゃんはそれだけの人材だと私は勝手に惚れ込んでいます。
私の現状に問題なのは販売面です。商売の資質が乏しいこともありますが、それ以上に職人としてのプライドとか整合性を求めすぎる性格が、販路を細くしているのはよく分かっています。ここをどうするかが経営上の最大の問題点であり、打開策が無い訳ではありませんが、自分の生き方にかかわることなので簡単ではありません。が、自分だけの問題で済まなくなれば、突破することになるのだろうとおもいます。
今回やっとヒサヨちゃんと一緒にカラオケに行けました。ヒサヨちゃんは20代の頃は演歌歌手を目指していたそうで、その歌を聴いてみたかったのですが、こちらに居る時のあの忙しさでは到底無理でした。ここ3〜4年あまり歌っていないそうで、それでは思うように声が出ないだろうと思っていたのですが、迫力のある綺麗な声に驚きました。高い声が出るかどうかと言っていましたが、よく響く個性豊かな声で、キーンと金属音が入ってくる高温はボイストレーニングでどんどん高くなりそうです。プロを目指していたのはもっともだと、私も奥さんも全く納得しました。ほぼ40年前、会社の慰安旅行で宮崎に行った時、スナックのお姉さんの歌声にしびれたことを思い出しました。プロを上回る個性豊かな歌い手に出会うと、プロって何なのだろうと思ってしまいます。
posted by 明石 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言
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