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2017年09月10日

カラオケご一緒しませんか

ブドウも漸く出荷にこぎつけた瀬戸ジャイアンツを残すだけとなり、気分転換と体調回復を謀って週1回のカラオケ通いを再開していますが、さすがに3年目になると飽きがきています。相棒のY氏にはそんな様子が見られないのですが、私はカラオケの5〜6時間が苦痛なほど長く感じられることもあって、すっかり退潮気味です。過去2年間で、どこまで声が出るようになるか、どこまで歌えるようになるかの実験テーマはほぼ輪郭を得ていることもあって、目的意識が薄まって見えづらくなっています。
誰かに歌を聴かせたいとか他者に向かう欲求があればこうはならないのだろうけれど、私にはそこは希薄で、故に自己完結性が短絡的になってしまうのは、何事につけても私にはありがちな大きな欠点なのだろうと思ったりもします。
自分から出て自分に還る自己完結性は、そのサイクルの中にどれだけ他者を世界を含み得るかが最大のポイントで、ここを無視すると単にひとりよがりに終始するだけです。
書くということも同様で、他者に語りかけようとする欲求が私には乏しく、それであまり意欲的になれないというところもあります。ならば別に書くということに向かわなくても良さそうなものですが、そう収束しきれないのは、自分史的に書かないと完結しないような自分があるからです。
最近私がふと思うのは、子供や孫が居なくて自分で最後だと当然のように思っていますが、本当は何か親から子へ子から孫へと繋ぎ続けていく命の在りようみたいなところを、見失ってしまっているのではないかということです。
アカリちゃん一家と触れ合った1年余りが、私に疑問符を与えてくれたようです。アカリちゃんのお母さんヒサヨちゃんの仕事に子育てに、何であんなに頑張れるんだと思うほどに、懸命な姿には本当に心打たれました。
多分私に必要なのはもっと若い世代との触れ合いで、ごくたまにでもヒサヨちゃんのような懸命に頑張る姿に出会えば、それは私でも本気で向き合おうとするし、書くことへの本気度も高まるはずです。
カラオケに戻りますが、2人で続けるには限界にきているようです。止めても良いのだけど、せっかくハードなボイストレーニングを続けてここまで声が出るようになってるのにと思うと、捨てるよりは生かして、これからはオープンにして出来れば若い人とも交じってみたいです。
もしこのブログを読んで、一度一緒したいという近隣の方があれば、毎週木曜日はビッグエコーレインボー店に12時半から18時半ごろまではだいたい居ますので、ハプニング参加していただくと嬉しいです。フロントの電話番号は、087−865−1233です。たまに都合で曜日が変わったりするので、居るか居ないかフロントにご確認いただければ幸いです。
posted by 明石 at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言
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