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2020年01月30日

店頭価格 戻しました

ホームページの店頭価格を2013年より海外交渉価格にしていましたが、海外と交渉することももう無さそうだから、元の国内販売価格に戻しました。くそ高い店頭価格で国内販売に支障があることは予想していましたが、商談となると海外のバイヤーさんは私のホームページの販売価格をつぶさに見ていて、何故海外価格は国内価格に比べてこれほど高いのですかと、私は国内の市場価格では食っていけなくて海外市場に活路を探すのだから倍くらいでないと意味がないと本音で答えるのですが、ぼったくりを見るような目で見られます。本気で海外市場に活路を求めようとしていたから、ホームページの店頭価格を海外交渉価格に変えて、それまでの国内販売価格は会員価格として会員にならないと開示されないようにしました。苦肉の策ですが海外のバイヤーさんにぼったくりだと思われたくないので、国内販売に支障が出てもやむなしの覚悟の上です。
4〜5年の間に香港、中国、シンガポール、UAE,サウジアラビアのバイヤーさんと直接間接に商談する機会を得て、サンプルを送って好評価を得ることもあったのですが、手続きと輸送面でつまづいて結局実現しませんでした。単独で海外へとなると言葉から始まる障壁は、よほどの意志と情熱がないと越えるのはむつかしく、私のような面倒くさがり屋には無理でした。
ブドウは既に最盛期の半分程度に規模縮小していて、あと10年作れるかどうか分かりません。70〜80キロはあろうかと思えるビニールの100メートル巻きを持ち運べなくなった時が、ブドウを止める時だとそう決めています。その時を見据えて今年もミカンの苗木を120本3月に植え付けます。ブドウからミカン農家への移行準備も来年度の苗木植え付けでほぼ終えられそうです。
海外交渉価格を取り下げてもとの国内販売価格が再び店頭に出ていますが、これは最初から変わらない価格です。もともとコストから見積もって必要最低価格として設定しているのですが、生産資材が10年で値上がりしてはいますが下がり続ける市場価格の動向もあって、価格の変更はなしで最初から最後までこのままでいくつもりです。
posted by 明石 at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2020年01月27日

続 温暖化 気候変動

産業革命以後二酸化炭素等の排出で地球の温暖化が起こり気候変動を招くまでに至ったとする説に、本当にそうなのか懐疑的な見方をする者も少なからずいるようですが、太陽の活動によって起こっているのではないか、宇宙線の量によってではないのか等、真実を探る見方は多い方が望ましいとは思いますが、人類がどんなことをしようが地球を傷め、損なうことは一切ないと不問にするようで、何か嫌な気がします。私はやはり地球も生きている一つの命であり、生きている命は大切にしなければ傷ついたり病気になったり最悪死滅したりする、という考え方をします。人類の悪さが過ぎて地球という母星が傷つき病んでいる、とする方がよほどすっきりします。
私は現代及びこれからが歴史上最悪な時代なのではと思っていますが、経済至上主義と世界人口の爆発的な増加がその元凶だとみています。経済至上主義は儲かるかどうか金になるかどうかが唯一の価値観で、儲からないもの金にならないものは見向きもされず捨て置かれて結局は壊れてしまいます。国連の報告書でも最近50年間の破壊が際立っているとされてますが、破壊は環境ばかりでなく文化とかコミュニティとかにまで及んで、その挙句に壊されているのは人間の精神であるようにさえ思えます。金儲けはそれ自体性格的であるゆえに経済もその性格を内包して人を従属させようとします。経済の論理ことに企業の論理は、戦場に赴く戦士を強いるようで息が詰まりそうになります。
国連の報告書によると世界の人口は現在77億で、2050年に97億、2100年に112億に達するとされています。この世界の人口の爆発的な増加が温暖化や環境問題の根本原因の片方だと思っているのですが、何故か人口論議はどこまで人口が増えて飢えずに生きて行けるか的に、さながら地球は人類だけのものであるかのようです。世界は人口の激増もあってとっくに食糧難の時代に入っていて、ことに南米とアフリカでは農地を増やそうと森林伐採は過激なようです。加えて温暖化による高温と乾燥で森林火災もオーストラリア、アメリカ、ブラジルなどの大火災が頻発して、伐採と火事で毎年どれほどの森林を消失しているのか、温暖化が更に加速するのは必至だと思います。地球には自浄力があるから大丈夫と言う人もいますが、更に森林消失とか酸素の供給源を失って何で自浄能力があるのか、呆れてしまいます。
人類以外に目を向けて、絶滅種を出さないとか生態系を壊さないとかの視点からすると、77億にも人口が達するとそれは不可能です。「百万種絶滅の危機」と少し前ブログに記しましたが、動物たちは住む場所も無いくらい追い詰められているのだから当然だろうと思えます。生態系とか命の連鎖循環もズタズタになるばかりなのに、何故か環境保護団体も動物愛護団体も世界の人口を減らさなければとは言いません。絶滅種を出さない生態系を壊さないと他の命を大切にすることが、地球を大切にすることになり自然との調和を育むことに繋がるはずです。そのために世界の人口はどれくらいが適当なのか、19世紀初頭の10億という環境学者もいますが、私は根拠は無いのですが中高生だった1960年代半ばに35億だったことを思い出します。一人っ子政策を止めても中国ではいまだにそれが続いているとのことですが、一人っ子だと単純計算で親世代が亡くなれば人口は二分の一に、もう一世代進むと更に二分の一に、100年で四分の一まで縮小することになるます。
私はブログを2年以上更新せずに2017年に再開したのですが、時事評論的なことはあまりやりたくないとその時思っていました。全く改善の見込みがないことを言っても闇を深くするだけだからですが、最近心境が変わってきました。温暖化気候変動はもうどうにもならないだろうし、どんなところに行き着くか成り行き任せで止む無しです。どんなところに辿り着こうと生き残れるのであればそこから再出発するだけです。願わくば経済至上主義とか過剰な人口とかを、その時一度ご破算にできるのであればと思ったりします。
posted by 明石 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2020年01月24日

温暖化 気候変動

昨年12月ポーランドで国連気候会議COP24が開催されましたが、温暖化防止の対策とかその成果になると相変わらずで首をひねってしまいます。温暖化に伴う気候変動で近年世界の各地で未曽有の気象災害が頻発していますが、地球の危機だと言っても世界は結束して対処することの困難さを晒すばかりで、本当のところどれほどの危機感を持っているのだろうと疑ってしまいます。「京都議定書」が出されたのは1997年ですが、温暖化ガスの排出量削減目標を数値化したりして取り組みを示したようにも見えるのですが、本当のところ世界の温暖化ガスの排出量は依然として毎年過去最高を更新するように増え続けているようです。
国連がリーダーシップを取る温暖化防止、気候変動、地球環境に関する国連会議をニュース等で長い間見てきましたが、結果的には掛け声だけで殆ど何もなされていないのと同じで、近年急加速で悪化している気象状況からすると、とてもではありませんが間に合わないし既に手遅れだと思っています。気候変動最悪のシナリオを変えるには直ちに世界が生活や生き方を変える必要がありますが、世界の実情は相変わらず経済最優先で温暖化対策は後回しか付け足しでしかないようです。
スウェーデンの少女グレタトゥーンベリさんをトランプ大統領やプーチン大統領が揶揄して、世界の実情、大人の実情が分からぬ小娘的に軽く一蹴していますが、大国のリーダー達がそれでは世界が動くはずもなく、ましてや自国の利益だけを考えているのなら世界のリーダーとは決して言えないはずです。都合の悪いことはフェイクだでっち上げだと片付けるトランプ大統領は、温暖化気候変動問題は科学者のでっち上げだと何が何でも経済至上主義ですが、世界の心理的実情は実はトランプ大統領に近いように思えます。
人は直接間接に過去のデータから経験値を得て、例えば気象庁が近年やたらと使う観測史上初というような未経験な領域は、実体験をするまでは想定外のはずです。東日本大震災の人的被害も、まさかあんな大津波が押し寄せるとは想定外の出来事であったことが、被害をとんでもなく大きくしたのは間違いないはずです。温暖化気候変動も観測史上初の連続で過去のデーターが役に立たなくなってきていますが、人は実体験するまでは今までそんなことはあったためしはないし今後もあり得ないだろうと、未体験な領域は信じようとしません。
更に厄介なのは人は私もそうですが自分は大丈夫、自分にそんなことは起こらないと、全く根拠のない自己神話を心のどこかに持っていることです。生まれてきた命には必ず終わりが来ると頭で分かっているつもりでも、まさか自分の命に終わりが来るとは最後まで思っていないのが本音のようです。温暖化気候変動による地球の危機も、そんな人の心理構造からするとまだ起こり始めで起こり切っていないだけに実感が乏しく、危機感を持つまでに至ってはいないと考えますが、ただ一つ明確なのは実感として危機感を持った時は完全に手遅れだろうということです。               続きます。
posted by 明石 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2020年01月13日

生活苦予備群

確か昨年11月のNHK「クローズアップ現代」だったと思いますが、全国の地方自治体に非正規職員が急増中ということが取り上げられていて、30分の番組を見終わるとここまで来ているのかと虚を突かれるようなショックを受けました。どうやら私は公務員神話に寝呆けたままであったようで、地方自治体は財政難と仕事の煩雑さに伴う人手不足との板挟みから非正規雇用職員を増やさざるを得ず、全職員の6割が非正規という自治体もあるとのことで、更に財政難が進めば地方自治の崩壊も寝耳に水的に急加速なようです。
そもそも非正規雇用は身勝手な企業の生態であり今後も増え続けるであろうと思っていたら、それが地方自治体の地方公務員にまで及んでいたとは、なんとも迂闊であったと思ってしまいます。財政難故に地方は地方税を増やすことに血眼で、その分住民には住みづらさが増していますが、更に財政難が進めば地方自治は成り立たなくなり貧しい地方から消滅するのは、何十年後かの話ではなく今まさにそうなりつつある現在進行形であるのに気づかされました。バブルが終わって不況な時代は公務員がもてはやされましたが、財政難が深刻さを増す一方という現状ではそれも既に昔の夢物語的に遠い過去となりつつあるようです。
私等団塊の世代からは年金だけでの生活は困難になっていて、どの程度蓄えがあるか否かで勢い圧倒的多数が生活苦或いは生活苦予備群となります。全国の全就業者の4割は非正規雇用で、公務員も非正規が今後とも増大一方だろうし、壊滅的な農林漁業第一次産業従事者、介護士、保育士等の低所得者を総計すると生活苦及び生活苦予備群は国民全体のどれほどの割合になるのだろう。生活苦予備群だと既に優に5割を越えているように思え、今後とも更に増え続けるだろうことは疑いなさそうです。
そんな下から目線で政治を見ると、政治は企業(特に大企業)や富裕層のの側にあって、全体の5割を超えるほど大多数の生活苦予備群からは隔絶された感があります。企業が元気で業績を伸ばしてこそ経済は好調を維持できるという原則論も、バブル崩壊後の長く続いたデフレ不況や挙句のリーマンショックを経てみると、企業は好調に黒字決算を伸ばしても内部留保に懸命で社員に還元することも後回し、営利追及という生態は本質的にブラックなのではと思ってしまいます。
富がほんの数パーセントの富裕層に集中する一方という傾向は世界共通です。資本主義とか経済至上主義は結果的には100人だと1人の金持ち勝利者を作って残り99人は全て貧乏人敗者とするようです。富を独占しているのだからこの1人の金持ちに資産に応じた税金を払ってもらわないと、消費税のように等しく全体に課税すると、貧乏人は更に貧しくなるばかりです。抜本的な税制改革というなら資産に応じて課税額を決め、生活苦に喘ぐような人の税負担を最大限軽くするのが本当の公平公正さではないのかと思いますが、政治は富裕層からもっと税金をもらいましょうということは言いません。政治家の大多数が富裕層だからなのだろうと思ってしまいます。
posted by 明石 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言