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2019年05月29日

前記続き

私は経済最優先の破壊尽くしの現代を史上最悪の時代と思っていますが、国連の報告書でも、経済第一主義の最近50年間の破壊が過去とは比較にならないほどひどいとしています。自然や多様な生物生態系を破壊し、つまりは地球を傷めて住みづらくして、或いはいずれは住めないような星にして、それでも進化向上していると思うならそれは完璧に気狂いの領域です。
経済を極めて単純化して金儲けと考えて、金になるかどうかが唯一の価値観であるなら、金にならないことは全て壊れることになり、人は金の盲者以外の何者でもなくなります。自然や生物生態系ばかりでなく人も、その一点に支配されると壊れてしまうことになるのだと思います。企業の生態、企業の論理は経済の持つ性格に支配されていて、その中に組み込まれて人は経済を生きてそれ以外の自分を生きられないようになっているのだと思います。
経済最優先の経済至上主義は最悪の結果しか招かなかったのだから、史上最大の間違いと言われても仕方がないはずです。何時どんな時代に姿形を変えても、根底にあるのは独占欲、支配欲という人間の欲望。結果的に言えば、自由な競争経済社会もほんの数パーセントがその欲望を叶えるために仕組んだ、巧妙な罠なのかと思ってしまいます。
経済の膨張と人口の爆発的な増加は市場の拡大というところで繋がっているようにも思えますが、いずれもこれ以上野放しにすると破滅的です。私は以前経済にも共存共生の理念を組み込む必要があると記しましたが、共存共生の理念は人と人、国と国は無論、多様な生物生態系つまり地球の自然環境を同レベル以上で含むということです。経済の中に敢えて性格的に相容れない共存共生の理念を組み込んで経済を規制しないと、今の延長線上には未来は見えないというか、無いのではと思ってしまいます。
投資ファンドのマネーゲームで株価が実体経済とかけ離れた動きをすることもよくありますが、これも以前懸念を記したことですが、今世界の穀倉地帯の2割が天気とかで壊滅的な不作になると、世界は食糧パニックに陥ります。ここに先物買いの投機マネーが流れ込むと世界の食糧は一気に高騰して、アフリカとか途上国では何億もの餓死者がでるとされています。何億人餓死者が出ようと投資は自由な経済活動だから合法だとするなら、合法な大量虐殺がまかり通ることになります。どこかで国際的な規制をかけないとそれはいつでも起こりうることです。こんな気違いじみた話がまかり通るほどおかしな時代になっているのに、世界はそんな危機感を持っていないかのようです。
世界が食糧パニックになったら日本も無事で済むはずがありません。今現在でも世界で食料を買いあさろうとしたら、多分中国に歯が立たないだろうし、世界的な食糧パニックが勃発すれば経済力があったとしても買えないと考える方が正しいように思えます。今国内で農業は衰弱の極みにあって、もともと低い自給力が更に低下し続けているはずです。他国から買えなくて自給力が乏しいとなると餓死せざるを得ないのに、この国は何度も申し上げるけれど本当に危機感が欠如しています。国の政治の最大の責任事はなにがあっても国民を餓死させないことだと私は思っていますが、本気でそのことに命を懸けるような政治家が果たしてこの国に居るのか疑問です。
私等団塊の世代が子供の頃日本は戦後ということもあって貧しかったのですが、それでも狭い農地にしがみついて食べ物を作って隣近所助け合ったりして餓死というような心配はあまりなかったようで、今よりは確かさがあったのだと感じます。これからの日本の貧しさはコンクリートのカケラを食っていけるのかな的な貧しさなのだと思います。
posted by 明石 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2019年05月21日

百万種が絶滅の危機

つい先日ニュースで流れていましたが、2019年5月7日、国連報告書は「人類が自然環境と生物多様性に壊滅的な打撃を与えて、動植物百万種が今後30年以内に絶滅の危機に瀕している。」と警告しました。百万種とは驚きますが、雪崩を打って種が絶滅するそんなところまで来たかという思いと、人類は善なのか悪なのか単純な二元論的な問いに、地球にとって決して好ましい存在ではないという一つの答えが出始めているのを覚えます。
環境とか生態系とかの問題で私が以前からずっと疑問だったのは、爆発的に増え続ける世界の人口こそが問題なのに、なぜ誰もそのことに触れようとしないのかということです。経済最優先という時代に人口を減らさねばという話は、市場の縮小ということになるので、著しく時代にそぐわないからなのだろうと思っていますが、世界の人口は毎年1億増えて今75億、2055年には100億に達するそうで、ついこの間70億になったばかりだと思っていただけに、爆発的な増加とはまさにこのことだなと驚いています。
世界の人口の増加と食糧難ということもあって、今現在でも農地にできるところは農地にしようと、南米とかを筆頭に森林の伐採は広がり続けているようです。自然環境や多様な生物生態系の破壊は広がり続けて、温暖化ガスの排出は毎年過去最高を更新するほど増え続けているのですが、人類はいまだ何の対策も講じることができず、COPとかIPCCとか国連での世界会議でも世界は結束することも出来ず、結局は無為無策のまま爆発的に増加する人口に呑まれて、最悪のシナリオを辿ることになるのだろうと思っています。どのみち避けられないのなら行きつくところまで行って、なるようにしかならないのだから、その地点が次への始まりとなるのであれば幸いかなと楽天的に思ったりします。
環境問題とか多様な生物生態系の問題とか、私は学者ではないのでどれくらいの数が適当なのか分かりませんが、それでも今の世界の人口を2分の1とか3分の1とかに、50年後とか100年後とかに減らすことが唯一の解決策だと思っています。ちなみに先進国諸国は日本もそうですが軒並みに人口減少傾向にあるようで、過渡的に超高齢化社会を潜り抜けねばなりませんが、30年後あたりを考えるとかなり人口は減るのではと思ったりします。中国でも1人っ子政策が30年も続いて、凄い逆ピラミッドの超高齢化社会をやがて迎えますが、1人っ子政策を辞めても子供をあまり作らない傾向は変わらないようで、30年くらいのスパンで考えると過激に人口は減少しそうです。
爆発的に人口が増加しているのは途上国ですが、先進国諸国が途上国の子供の教育をもっと支援すれば、教育水準が上がるほどに爆発的な出生率は自ずと下がってくるのではと思います。            続く
posted by 明石 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2019年05月12日

悪い予想はよく当たる

本業のブドウ作りが今年は忙しい。12月〜1月が暖冬になると7度以下の休眠500時間に達するのが遅くて、3か所40aのブドウが発芽から全部一緒になって困ったことになります。3か所の園地で、発芽が10日から14日ずれるように、被覆の時期をずらしたり1番手を加温したりしているのですが、暖冬だと500時間に達するのが遅れて、発芽をずらすことができなくなります。予想はしていましたが、3か所一斉に同じ作業に追い回されると、とんでもなく忙しくなります。かつて5か所90aでハウス栽培していた頃の眩暈がするような忙しさを、それほどではないにしろ久々にちらり思い出したりします。
このまま同時進行で1番手のピオーネと3番手の瀬戸ジャイアンツのジベ処理が同時になったりすると、摘粒房づくりが支障が出て困ったことになると思っていたら、幸い4月が寒暖の差が激しく寒の功績というか、1番手の加温を強めてジベ処理で2週間のずれは確保できたのでやれやれです。
落葉樹は7度以下の低温に500時間以上置かれないと休眠から目覚めないそうですが、これ以上あまりに暖冬になると500時間が難しくなりそうで、落葉樹の生理障害を招くことになるのではと危惧します。
気象環境が全く過去のデーターが役に立たなくなるほど激変して、寒暖の差の激しさ、極端な雨量、毎夏の猛暑とか巨大化する台風など、農産物の生産には厳しくなる一方のようで、品質が総じて低下一方なのは市場関係者が口を揃えるところです。品質が低下しても出来てるうちはまだいいのですが、出来なくなることが何時起きても不思議ではないと、私の想定内に既に入っています。
施設園芸ブドウのハウス栽培で、一番苦労するのは室内の温度管理です。もう20年以上前のことですが、丁度ジベ処理時期の今頃、朝から雨で昼からも雨の確率が90パーセントとの予報。昼食に家へ帰ったのですが、食事中ににわかに陽が差して晴れ間となり、しかも強い日差しです。信号を無視するほど慌てて軽トラで山へ駆けあがったのですが、それでも家からだと15分前後は要し、最初に1番手のハウスに入ると熱くて息ができませんでした。温度計を見ると55度で花穂も葉もぐったり萎れ気味だったのですが、ハウスの上下を全開して晴れてから30分以内の短時間で30度くらいに下げられたので、傷みは全体の10パーセント程度で済みました。もしあんな高温の中に何時間も置いたらそれで全て終わると思うと、この時以来4月以降になると、ハウスを離れる時は雨が降っていてもハウスの上側は開けるようにしています。30分も待ってくれない温度管理の厳しさはこの時たった一回で骨身に沁みました。
温度管理の次は水の確保です。週一回30ミリ程度潅水するなら40aで120トン、1か月だとその4倍で480トンとなり、200トン、300トン、500トンの水槽というより池を作りましたが、セメントのひび割れ補修とか水漏れ防止に努めないと維持できないのが常態です。雨が全く降らなくても2か月は凌げますが、今年は春から雨が少なくて残量であとどこまで行けるか計算ばかりでストレスが溜ります。
あと被覆中だと風とか雪とかも程度によっては壊滅的な災いとなるし、猛暑続きの夏場に気温が40度を越えると多分持たないだろうとか、心配してもどうにもならないお天気なのでストレスばかり溜まります。「雨にも負け風にも負け」は決して冗談ではありません。風でハウスがごっそり持ち上げられたり、雪で全ハウスが壊滅したり、ハウスでブドウ作り30年の間には随分痛い目を見ています。長い年月の間には時として自然が猛威を振るって襲い掛かることもありますが、これまでより本当に怖いのはこれからです。温暖化による気候変動とか、地球が壊れかけているのだから、経験したこともない予測も出来ないことが頻発するのは当然なのだろうと思えます。
posted by 明石 at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言