検索ボックス

<< 2019年01月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
最近の記事
最近のコメント
天山 何処までも大きく by 明石園芸 園主 (07/19)
天山 何処までも大きく by 小西俊雄 (07/19)
天山 何処までも大きく by 小西俊雄 (07/19)
天山 裂果とは別に by 瀬戸口 光弘 (07/02)
苗床準備 by budou83 (01/13)
最近のトラックバック
カテゴリ
過去ログ
Powered by さくらのブログ

2019年01月20日

「書く」

半年ほどブログとか「書く」ことから離れていましたが、カラオケにもいい加減飽きがきていて次は何をと思うと、最後くらいは「書く」ことに本気で向き合ったらどうなんだとの声が、自分の中で次第に強くなってきています。
20代半ばで「書く」ことを封印して、生身で燃焼して生きて30年後まだ「書く」ことに向かおうとする何かがあるなら、そこで向き合えばいいと思い決めたことを、55歳ではなく60歳になってからだったけれど、まさか本当に実践した自分に自分でも驚いています。
ブドウの直販のためにホームページを立ち上げて、そのアシストに生育日誌をブログに綴ったというたまたまもあったのですが、それ以上に「書く」ということは私の中で燻り続けていたようです。ブドウの生育状況をブログで公開して集客に繋げるという販売戦略でしたが、ブログがそこにとどまらないのは初めから予想していました。ブログ以前にホームページを立ち上げるため文章原稿をその前年に書いているとき、やっととか妙に懐かしい一体感を覚えたり、「書く」ことを再開する恰好のきっかけになりそうだとの予感は、ホームページを立ち上げる以上に強くありました。
ときたま目の前の風景から退いてしまう瞬間、「何時になったらお前はこの部屋に帰ってくるのだ。」と呟く声を何十年も聞き続けてきましたが、30年後の50代半ばになっても「書く」ことに向き合おうとはしませんでした。「書く」気にならないなら「書く」必要は全くないのだから放置し続けましたが、でも30年が過ぎたことはそれなりに意識があって、伏せられていた自分がそこからざわめきを増し始めたというのはありました。
還暦を迎えて、このまま「書く」ことに向き合うことなく終わってしまうのかと焦りすら生じていたのですが、ブドウ作りに没頭している日常に風穴を開けるような転機は、どこにも見出せそうにありませんでした。
ブドウの販売の最終局面は直販でと、何時頃からそう思っていたのかは忘れましたが、還暦頃からはと明確に目標化していて、実際還暦を迎えた途端手始めにホームページを立ち上げる準備に取り掛かりました。翌年春ホームページを立ち上げてブログもそこから始まりましたが、ブドウの生育日誌を綴りながらその先に私が本当に見据えていたのは、「書く」ことに向き合えるかどうかでした。
5年間一度も休むことなく毎週ブログの更新を続けて、多少なりとも「書く」準備はできたのではと思っていますが、やはりまだ休むと「書く」ことを先送りし続けるようです。
今70歳を迎える頃になって、さすがに先送りする時間的余裕がなくなって、最後くらいは本気で「書く」ことに向き合おうと思いが定まりつつあります。
「桜の咲く前に」からブログは2年少しブランクがあり、再開後は文章を小説風に意図的に変えました。小説であれ思想であれ、読む者の解放する感性がベースにあるものが偉大なのだとの私の持論は変わりませんが、ジャンルは分かりませんがそんなところを目指したいとの思いはあります。
芸術は資質的に自由でなければ適いませんが、天国と地獄は裏表で、どんな世界を描いたとしても、ベースに自由な感性があるかどうかです。悪を極めつくししその業火に焼かれた者でなければ神にはなれない近づけない、これも私の持論です。
posted by 明石 at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2019年01月12日

最後の同窓会

還暦を始めとして5年毎3度目の同窓会が1月5日に行われました。
出席者は47名と前回より10名ほど少なく、卒業時総数が242名だから出席率はほぼ2割です。既に亡くなっている者が、26名というところまでは分かっていますが、全体の1割強ということになり、この割合は全国どこでもそう大差ないのかなと思ったりします。
私等は今年度中に全員70歳を迎えますが、皆5年前に比べてやや老けた感があるとはいえそう大差もなく、本当に老いが加速してくるのはこれからなのだろうと、差し迫った予兆に色濃く覆われています。
元気でいたいのなら自分から老け込まないのが肝心だと、1昨年以来私はそのことを実感し続けています。農業経営の抜け道の無いような厳しさということもあったのですが、60代に入ってから私は経営規模の縮小を重ねたり、意図した訳でもないのに終活のサイクルに入っていて、年々面白くなさが募る一方になり、60代半ばごろには、早くお迎えが来ることを願うようにさへなっていました。
1昨年秋温州ミカンの苗木を50本予約注文した時、採算が取れるまで10年も要するものを植え付けるなど終活目線からは論外で、終活に入っていた自分をその時明確に破棄してしまいました。冬場に苗床を準備して春3月に苗木を植え付けると、小さく縮こまり続けた自分から解放されて、久々に活気を取り戻してやる気と元気が出てきました。
今春ミカン苗木100本と思っていたのですが、苗木屋さんの都合で50本になりましたが、苗床の準備はもう終わっていて、3月にそこへ植え付けて育てるのだと思うと、更にやる気と元気がでてきます。
元気でいようと思うなら、年だからと自分から老いを迎えに行くことをやめて、自分が活き活きできることにエネルギーを注ぎ込むのが一番です。
同窓会でまわりの参加者を見回しながら、仕事できる体力能力とも私は多分ダントツであるのだろうと思えます。私は65歳を境に年々若返ってきて今60歳に帰りつつあるので、同級生と年齢差は10歳にまで広がったと少し前京都の友人に言ったのですが、最近の元気さからすると爆笑されるほどの冗談でもなさそうです。
二次会でカラオケに行ったのですが、そこでSuperflyや宇多田ヒカルを歌うと皆唖然としていたようです。やはり少々破天荒なほうが私には似つかわしいようです。そのうちとんでもなく若い彼女ができるかもと言い出しそうになったのですが、自分で吹き出しそうになるので止めました。
posted by 明石 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言