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2017年11月29日

ミカン園地の再生

普通温州ミカンの苗木を30本予約注文しました。苗木が届くのは来年3月ですが、これを手始めとして、いよいよ普通温州ミカンの園地の整備改植を本格化させる積りです。3〜4年後までに300本程度苗木を植え付けて、普通温州ミカンの園地面積を50aまで復活させようと考えています。私等の園地はもともとミカン栽培のために国の補助事業で開墾されたものですが、木が成長して本格出荷を迎えた頃には、ミカンは生産過剰で市場は惨状を呈していました。加えて園地が標高200m〜300mほどの高地にあり、気温が平地より3〜4°低く、出荷時期が他産地より一月近く遅れて勝負にならず、ただの一度も日の目を見ることもなく、生産が本格化するのと撤退が始まるのがほぼ同時でした。総面積40haほどのミカン畑で今残っているのは、生産者は一人で面積は2haほどかと思います。
私のところは自家用程度にしか残していませんが、再びミカンをと思い始めたのは、特にここ5〜6年気温の上昇で、ブランドの産地でもことごとく品質が低下の一途にあるという現実です。昔は3〜4°気温が低い高地ということが太刀打ちできないハンディだったのですが、今はそれ故に品質の良いものができると、逆転しているのを感じ取っているからです。加えて生産者も激減しているはずで、10年後なら尚更です。
小原紅早生ミカンは今春40本苗木を植え付けて、ブドウを止めた15aのハウス全域に苗木の植え付けが完了しました。ハウス半分は6年前に苗木を植え付けていて、来年には初出荷となりそうです。まだ若木なので成木にならないと結論は出ませんが、現在一番糖度の高い木は13°を越え始めて、糖度的には最高レベルに達しそうです。
ミカンは苗木を植え付けて成木化するまでに10年以上を要します。10年後に私は仕事ができるのか生きているのかそれは分かりませんが、10年後でも自立自活できるだけの基盤整備をしておこうと、最近考え方が変わってきています。何時まで仕事ができるのか、生きているのかばかり考えていたら、何もできなくなるだけです。父が85歳まで現役で農業を続けられたのだから、それを一つの目安として、生涯現役を目標とします。考えてみると、80歳を過ぎて自立自活の専業農家で在り続けるのは素晴らしいことで、生来へそ曲がりの私にはぴったりの理想形であるのかも知れません。
70歳が近くなって10年後のために苗木を植え付け、80歳が近くなっても10年後のために苗木を植え付け、90歳でまだ10年後のために苗木を植え付けられるなら、それはもう笑い話になりそうですが、専業の生産農家の生態は本質的にそうであるのだろうと思えます。私も農業人であるならそのように農業人生を全うしたいものです。
ヒサヨちゃん一家との関わりで、また別のところで自分が目覚めたようです。60歳を迎えた時からもう何時終わってもいいと、どこか終活に入ってしまっていた自分を破棄して、本来の自分に帰り着いただけなのかも知れませんが、やる気を取り戻せたのなら願っても無いことです。ヒサヨちゃんが私の後をやるのかどうかは分かりませんが、やれるように基盤整備をしておかねばと思うのと、ヒサヨちゃんがやらないのなら農業体験塾的なこともしたりして良い出会いがあればと考えたりもします。いずれにしろ、私が自立した専業農家の現役最前線であることが前提で、何時まで何処までとかつまらないことは考えないで、そう在り続けようと努めるだけです。
posted by 明石 at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2017年11月11日

花澤先生ご夫妻と

最近何時訪れたのか思いだしませんが、ともかく久しぶりに花澤ブドウ研究所を訪れました。今年5月に花澤先生の奥さんからメールが入って、その時ぶどうの販売が終わればお伺いしますと返信していたのです。
5年前の12月に父が亡くなってから、次の年の8月には大学時代からの友人が、その次の年の3月には高校時代からの悪友が、そして昨年3月には姉が、今年1月には叔父がと近しい親しい者が亡くなり続けて、こうも続くと私もどこか自失状態であることは否めません。
以前はブドウが終われば花澤ブドウ研究所を訪れるのを毎年恒例としていたのですが、それも父の死後ぷっつり途絶えていたのかもと思うと、この5年間の空白さが私に改めて突きつけられているようです。
花澤先生も今年で85歳になられたとのこと。80歳前後から病院通いが多くなったのは聞いていましたが、現在も週2回はリハビリに通って自立自活に努めているそうです。
私の父は5年前85歳で亡くなりましたが、死の2月前まで仕事をしていて、現役でなくなった途端この世を去ったという、羨ましいほど理想的な終わり方でした。私が父の年まで生きられるとしたらまだ20年近くありますが、還暦を迎えた時にもう何時終わってもいいと思ったことが、その後基底気分ともなっていて、意欲が薄れて退潮気味になっていたのは否定できません。日本の専業農家の主力の平均年齢が丁度私と同じであることを考えると、意欲をなくして老けこむには確かに早すぎるのだろうとは思ったりもします。
「日本の農業農政に関してもっと発言発信を!」と花澤先生が私に言いたかったのは分かっていますが、末期症状の患者に延命治療を施すより、終わらせてしまった方がいいのではと思ったりします。人口増加と加速する気候変動で、世界の食糧事情が厳しくなるだろうことは容易に予測できますが、我が国の危機感の乏しさは致命的で、日々の生活に困窮を極めるほどの食糧不足に至らなければ、国として食糧を自給することの重大さは分からないのだろうと思っています。
農業を国民の総意で再生させる時が来るのかどうかは分かりませんが、それができるのであれば国としての基本的な在り方を問い直す道も開けて、現在のような不毛な憲法改正論争などとか見なくても済むのだろうと思います。選択肢のないところまで追い詰められて、困窮を極めないと、この国は変われないのだろうと思っています。
posted by 明石 at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言