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2017年08月24日

アカリちゃん

「おじちゃーん!おじちゃーん!」夕方野菜畑に行くと3歳の女の子が大きな声と共に駆け寄ってくる。ちょっとやんちゃな顔が可愛くて、思わず笑ってしまう。「アカリちゃん元気にしてた?」「うん。」程度の会話なのだが、いつの間にかそれが楽しみとなって、今日は会えるかなと思いながら、仕事を終えた夕方毎日野菜畑へ行く。
アカリちゃんの住むアパートは野菜畑の土手上にあって、ことの始まりは、アカリちゃんのお母さんヒサヨちゃんが、「野菜大きくなりましたね。」と声を掛けてきた時からです。声の方を振り向くと、若いお母さんとそのズボンを掴んだ小さな女の子が居て、負けん気の強そうな顔で見慣れぬおじさんを見定めようとしている様子が私を笑わせていました。
夕方時々お母さんと話すようになり、自家用野菜のおすそわけということもあって、アカリちゃんも味方だと認めてくれたようで、「おじちゃーん!」がはじまったようです。その声が大きくて、初めの頃私は少し照れくさくももあったのですが、でもそれ以上に嬉しくてなんだか元気も出てくるのです。
この様子をじっと見ていたうちの奥さんが、羨ましがって半年後あたりから参戦してきました。私が目をぱちぱちするほどの積極さで、子供たち(アカリちゃんと1歳半の弟ダイゴちゃん)を水族館に連れて行ったり、タコ飯クルーズ船に連れて行ったり、アカリちゃんの声も「おじちゃーん!」はすっかりトーンダウンで、「おばちゃーん!」ばかりが大きくなって、奥さんもなんとなく勝ち誇っているような気配でした。
子供に恵まれなかった私達夫婦は、アカリちゃんやダイゴちゃんで孫を体験しているような感覚が得られて、年をとってこんなこともあるんだねと二人で喜んでいました。
でもあまり親密になると、何時来るか分からない別れがつらくなるばかりだという思いもあったのですが、分かっていてもやはりブレーキは掛けられませんでした。
別れはあまりに突然にやってきました。盆休みで岡山に帰省していた一家が1週間ぶりに帰ってくると、仕事の都合で岡山に引き上げることになったと言う。私と妻は顔を見合わせてしばし絶句。
嬉しいこと楽しいことがそう長く続かないのは、この年になればよく理解はしているはずなのだけれど、別ればかりが増えてくると、嬉しさ楽しさも底知れぬ無常感の上に乗っかっているのを更に知るばかりです。
車で1時間も走れば会えるほど近いところにいるのだから、その気になれば何時だって会えるよと、妻を慰めたのか自分に言い聞かせたのかよく分かりませんが、そう思うと少し落ち着きます。
一瞬でも嬉しい楽しい出会いがあれば、その幸運にただ感謝するばかりです。何時までも持続したいと欲張るから辛さが増すのだろう。もう一家が居なくなったアパートを見やりながら、元気で、健やかに、と祈ります。
posted by 明石 at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2017年08月07日

よりフリーに

カラオケに行くほどだから、この先の私はなんでもありそうだと、どこかでときめいているのを覚えます。そう遠くない将来に訪れるだろう自分の死を思いながら、残された時間に燃え上がる命があれば、燃え尽くさねばと思ったりします。
「書く」ということもその一つです。「ぶどうの明石園芸」を立ち上げて、そのアシスト的にブログを書き始めたのが、丁度60歳の時で、「書く」ということに向き合ったのは35年ぶりだったと思います。5年間ブログは週一回更新し続けたのですが、当初から書き始めるとブドウにとどまらないことは分かっていました。
私は20代半ばまでに一旦「書く」ことを止めようと決意し、30年後に生きていてまだ「書く」ことへの何かがあるのなら、その時再び「書く」ことに向き合おうと思いを定めていました。
この時「文芸」の「芸」の部分は捨てたと思っています。「芸」とは文章を磨くことだから、それを放棄するのは、プロにならないということです。
5年間ブログを続けてみて、「芸」的には当然がっかりすることも多々ありますが、内容的には自分の選択は間違っていなかったと納得できたりもします。
2年4カ月ぶりにブログを再開したのは、「書く」のか「書かない」のか、年齢的にももういい加減に結論をだしたいからです。
もうすこし単純に、書きたい欲求その中身に、身をまかせなければと、気難しくうるさい自分を無視しようと思うようになってきています。
posted by 明石 at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言