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2014年06月27日

何時になったら降るのやら

天気的には雨の日があっても、水がめに流れ込むほどまとまった雨量とならないため、水事情が次第に厳しくなってきています。このままだと7月中旬には全ての水がめは空っぽで、そこから先へは進めなくなり、品質どころではなくなってしまいます。
園地の草は水がある間は月一回程度刈り取りますが、水が無くなれば刈らずに放置します。地表がからからにならないよう草に助けてもらうためです。雑草の根は地中70pまでの水をポンプアップする力があり、草が生きている間はブドウの木も生きていられます。
もう10年以上前になりますが、ブドウの木が枯れるのを覚悟した程ひどい干ばつに見舞われて、咄嗟の判断で草に助けてもらおうと草を放置して切り抜けたことがあります。その草が枯れ始めようとする頃大雨が降ったのですが、10日雨が遅ければブドウの木も回復不能になっていただろうというところまで追い詰められました。
お天気に勝てることはないのですが、少々のことは知恵と工夫、努力と技術で何とか切り抜けていけます。コストがどれほど高くても構わないのならお天気が赤信号でも生産は可能ですが、そうでない現状からすると、努力と技術の積み重ねで、少しでも可能性の域を広げられるよう努めるだけです。せめて黄信号領域は克服したいと常々思っています。 001.JPG  
  瀬戸ジャイアンツ(摘粒後)
posted by 明石 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年06月20日

販売予約を始めるにあたり

瀬戸ジャイアンツ、ハイベリー、天山の摘粒作業中で、忙しさも今がピークとなっています。3品種同時というのが尚更忙しさを幾重にもさせている要因ですが、どうも摘粒時期を上手くずらせず、毎年こうなります。時間との勝負で、遅れると粒が肥大して房ががちがちに固まり手が付けられなくなります。写真はハイベリーですが、こうなるとキツイです。もう少し早く摘粒に入るべきなのはよく分かっていますが、手が回らなくて毎年こうなってしまい、さすがに私もこれを摘粒するのかと気が重くなりますが、鋏を入れてみると下の写真のようにするのに9分要しています。大雑把に言って、ピオーネの摘粒を標準とすると、瀬戸ジャイアンツはその2〜3倍、ハイベリーは瀬戸ジャイアンツの2倍の時間を要します。ハイベリーは摘粒に時間がかかり過ぎて、とてもではありませんが、量産できる品種ではありません。今年は200房程度になりそうです。
忙しさのあまり忘れていましたが、本日6月20日よりピオーネの販売予約の受付が始まっています。他の品種も順次ほぼ出荷一月前頃から販売予約の受付を始めます。今年は伊豆錦、ゴルビーの販売はできませんが、両品種とも順調に成育中で、再来年には再び販売することができそうです。新しいところではクイーンニーナが来年からは販売できそうです。現在着色が始まったところですが、この品種は完全着色した頃に、別途ブログで紹介する積りです。
販売予約を始めるにあたりお願いともなりますが、購入をご希望される方はご面倒ですが、会員登録をなされてからご注文いただければ幸いです。ホームページの店頭価格は海外交渉価格で、国内的には従来の価格で出せるよう会員価格を設定しています。
出荷時期はピオーネが7月中旬頃、天山、ハイベリーが8月10日前後、瀬戸ジャイアンツが今年は8月20日頃からの予定ですが、いずれの品種も出荷できる状態になればまたブログでお知らせします。
昨年は史上最高になるはずだった瀬戸ジャイアンツが、8月24日から9月4日まで降り続いた大雨で裂果したり腐ったり、出荷直前で史上最悪に様相を変えてしまいました。
何があるのか分からないのが近年の気象状況です。お天気次第ではどうなるか分からないのが農産物であるということを、あらかじめご理解いただければ幸いです。001.JPG002.JPG
posted by 明石 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年06月13日

ピオーネ着色期に入っています

久々にブドウの登場となりますが、ピオーネは着色期に入っています。
加温の設定温度をそれ以上低くすると加温の意味の無くなるギリギリまで下げましたが、枝葉の充実ぶりとか粒の肥大とか、今のところ問題なさそうです。
木一本当たりの房数が年々少なくなってきていますが、秀品にならないような房は二回目のジベ処理時に摘んで落としてしまうため、今年だと成木一本で70房前後と標準より3割程度少なくなっています。余力を残して来年は更に樹力が高まるという作り方でないと、今年よりは来年、来年よりは再来年と、より高くへと展開が繋がって行かないからです。
一本の木当たりの房数を減らして、例えば標準で100房のところを50房に減らして、それで特上の50房を作れるのならそうする、という傾向がここ数年来年を経る毎に強くなってきています。
今年から夫婦二人だけでのブドウ作りとなっていて、作れる房数がより限られてくる訳だから、この傾向は今後益々強くなりそうです。
先日百貨店のバイヤーさんが園地を見に来て、同席した仲介者に特上品を出してもらえますよねと打診されたのですが、特上品しか作っていませんよと思わず言ってしまい、言った後可笑しさがこみあげてきて噴き出してしまいました。
私は私にしかできないブドウを目指し続けますが、それを全国へ知らしめようとかいう思いからは既に遠ざかりつつあり、自分が確信できればそれでいいという自己完結路線に舞い戻って来ているようです。 001.JPG
posted by 明石 at 23:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年06月07日

日本人の心

天皇陛下には先の大戦で激戦地となったパラオなど太平洋の島々を訪問したいとの強いご意向があって、来年度あたり実現できるか宮内庁が検討に入ったとの報道が先日ありました。凄いなと思わず唸ってしまったのですが、誰もが蓋を閉ざしてしまった感のある戦後社会で、70年も戦争を引きずられていたのかという驚きと、中国や韓国に歴史認識で事ある度にいちゃもんをつけられて、大日本帝国史に正面から向き合う必要に駆られている日本の現在とは別に、天皇陛下は常に正対なされて来られたのかという思いからです。
以前にも記しましたが、戦後の歴史教育は現在に至るまで大日本帝国史をほぼ封印してしまっているようです。戦争に敗れ米国の統治下で始まった戦後は、米国にとって不都合なことはことごとく封じ込められたというのは当然とはいえ、戦後70年にもなってそのままであるというのはいささか度が過ぎるのではと思います。日本は中国や東南アジアに進攻して多大な迷惑をかけたという歴史教育は米国の意向に沿ったもので、私等世代を含む戦後世代がそれを鵜呑みにすれば、例えばパラオでも国を守るために玉砕して散った戦士たちは何で浮かばれるだろうと思います。
憲法9条は米国の日本占領政策の最たるものだと思います。条文を読めば小学生でも分かるはずですが、戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認となれば、自衛隊は無論違憲であるし、自衛のための交戦も認められていません。世界の全ての国がこの9条を共有するなら平和憲法として有効ですが、日本一国だけであるなら、それは日本を丸裸の無防備にしておく意図の産物です。米国は占領政策下暫定憲法の積りだっただろうと思いますが、まさか現在に至るまで日本が保持し続けるとは、マッカーサーも夢にも思わなかっただろうと思います。朝鮮戦争勃発時米国は日本に改憲と派兵を要請しましたが、米国の都合次第で昨日押し付けたものを今日変えろという、米国からすればその程度の憲法であったということは明らかです。
戦争は勝てば官軍で支配権を持ち敗者が服従するのは世の常で、敗者が悪となって勝者は正義大義を得ますが、メルケル首相が言うようにドイツにはドイツの言い分があって、日本にも日本の言い分はあり、歴史認識となると別途の話となります。
日本が大日本帝国史と正面から向き合うのは、中国、韓国のみならず米国や戦勝欧米諸国にとって不都合な点は生じるだろうと思われますが、それでも日本人としてご先祖様と正対する必要は間違いなくあります。
欧米の植民地にならないためにどうするか、開国を迫られた幕末から明治、大正、昭和の先の大戦に突入するまで、大日本帝国史は終始一貫してその一点を動機とした、欧米植民地支配との戦いの歴史であったと私はそう観ます。
植民地支配と白人以外は人権も無いに等しい激しい人種差別に、有色人種として唯一敢然と立ち上がったのが無名の日本という小国だったようです。日本は中国から東南アジアまで進攻しましたが、その国々の近代化と学校教育に力を注ぎ、挙句は軍事訓練をして武器まで供与したとの記述が随分あるようです。日本は戦争には負けましたが、アジアでの欧米植民地支配を終わらせ、国際社会で人種差別を撤廃させるという偉業を結果的には成し遂げたのです。残虐非道とか様々言われますがその功罪となると、世界史に燦然と輝くほど功の方が圧倒的であると思えるのですが、そうならないのは敗戦国により正義があったのでは戦勝国の立場が無くなるからです。戦争は負けた方を悪として勝者が大義名文を得て蓋をするいうのが世の常で、戦争終結とともに欧米諸国はアジアでの植民地支配に蓋をしてしまいました。
日本が大日本帝国史ときちんと向き合えば、いやでも欧米植民地支配の蓋が取れ、これは戦勝欧米諸国にはなんとも不都合であるわけだから、負けたのだから日本は悪として一件落着としましょうということであるのだろうと思います。数百年後とかあるいは大日本帝国史は世界史のなかで正当に評価される時が来るかも知れないし、永遠に来ないかも知れませんが、世界には著名な歴史家も含めて日本の「功」を正当に評価する人が結構多く居るようです。
そんなことより私が強く思うのは、日本人なら先人達が何のために命を賭けて戦ったのか、もういい加減きちんと正対すべきです。米国イズムにどっぷり浸かって米国目線で自分たちの先人を眺めるような情けなさは、そのままこの国の情けなさとなります。戦後の日本は現在に至るまで本当に自立国家なのかと疑うことの方が多すぎますが、大日本帝国史の日本は疑いなく自立国家であり、自立の誇りと厳しさを併せ持っていたようです。
天皇陛下が激戦地となった太平洋の島々を慰霊にご訪問されれば、そこで戦死された先人たちの霊も格別な思いを噛みしめて、涙を流しながら陛下をお迎えになるような、そんな気がします。
posted by 明石 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言