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2014年04月25日

歴史認識

太平洋戦争が終わったのが1945年で、私は1949年生まれだから、軍国主義の時代の日本は知りません。小学校から高校まで教科書に書かれている戦争に関する記述は、事件を列挙しただけの素っ気ないもので、近隣諸国に迷惑をかけたと付記されている程度のものであったような朧な記憶しかありません。
敗戦国として米国の統治下で戦後は始まったのだから、どのみち戦争については触れないようにしておくというのは当然であったのだろうと思います。今の学校教科書にどの程度戦争に関する記述があるのかは知りませんが、おそらく私らの頃とあまり変わってないのだろうと思います。
阿部首相も戦後レジームからの脱却とよく言っていますが、戦後を脱するには封印してしまったような大日本帝国史と、真正面から向き合う必要があると思います。大日本帝国軍はなぜ大陸に進攻したのか、そこで何をしたのか、その事実と背景を可能な限り正確に把握する、国としての歴史認識をしっかり提示しないと、言いたい放題の中国や韓国に反論もできず、振り回されるばかりというのが果てしなく続くことになるのではと思います。
富士山でも360°視点が変われば見え方も変わるように、歴史認識も視点が違えば違うのは当然で、個人別国別に認識に違いは生じるようです。日本は何故米国と戦争になったかということでも、日本の見方と米国の見方は間違いなく違うはずです。故に歴史認識は自国を正当化するためのものであってはならないし、真実にどこまで迫れるかという一点に絞ってなされるべきです。
私もそうですが、ほとんどの日本人は中国や韓国の歴史認識云々には腸が煮え繰り返る思いをしているのではないかと思います。村山談話とか河野談話など、日本人特有の穏便主義が災いして、かえって付け込まれる隙を与えたようです。国と国の間で戦後処理はとっくに終わっているのだから、それを今頃になって言いがかり的に蒸し返すのは、国の品格も誇りも皆無ということなのだろうと思います。
韓国は戦後でも暫く国営の売春宿があったのだから、そこで働いた売春婦たちに国としてどれほどの手当てをしたのか、日本に言いがかりをつける前に世界に向けて明らかにしたらどうなのかと思います。韓国人は一流とか三流とかいう言葉をよく使いますが、裏返すと実はコンプレックスの塊と見て取れます。
中国に至っては独裁共産党が都合の悪いことは覆い隠してしまい、自国の歴史でも嘘で塗り固められているはずで、歴史認識云々を言う資格すら持ち合わせていないと言えそうです。南京大虐殺事件でも、日本軍が来る前に町を焼き払う焦土作戦を自国軍がとっていたのだから、日本軍よりも自国軍によって圧倒的多数の自国民が犠牲になったと考える方が自然です。
中国韓国に共通しているのは、こちらが退くと更にエスカレートして、果てしなく付け込んで来るようです。習主席のドイツでの発言など、あそこまで行くと開いた口が塞がらなくなります。
中国韓国とも日本の歴史認識がなってないと世界へ向けて糾弾し続けていますが、歴史認識がなってないとの指摘は全くその通りだと思います。日本が大陸に進攻したのは、欧米の植民地支配に倣っただけなのか、ロシアの南下を防ぐ意図もあったのか、中国の共産化を防ぐ戦いでもあったのか等々、戦後レジームから脱却するためにも、可能な限り真実に迫る大日本帝国史を、国として編纂する時期に来ているのだと思います。
その上で、国としての歴史認識を学校教科書に組み込まないと、中国韓国の言いがかり的な出鱈目に反論もできず、呑み込まれてしまうことになるのだろうと危惧します。001.JPG
霧島つつじ です。
posted by 明石 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年04月18日

前夜

オバマ大統領の来日が近くなってTPPの日米交渉も土産作り的にあたふたと、どう決着するのかしないのか、ヤマ場を迎えています。中国の脅威に備えようとするあまり、最後には米国の要求を丸呑みするのではないかと懸念していますが、米国側にもその読みは当然あって、故に譲歩は一切なく強硬姿勢一点張りであるようです。
振り返ればこの日米の構図は戦後ずっと続いてきて、米国の軍事力の傘の下で平和に過ごしてきた日本は、その見返りに米国の要求に屈し続ける、自立国とは到底言えないような歩みを続けてきたのだと思います。
国際社会での米国追従は今に至って呆れるばかり、米国が発言する前から支持を表明しているようなもので、存在感が希薄なのはあまりに当然と思えます。
日本人は自分の価値観を相手にあまり強要しないというところがあって、自分の価値観を相手に強要し続ける米国人とは基本的に違っているように思えます。ベトナム以後米国の軍事介入がことごとく失敗しているのもこのことが災いしているとの見方もできそうです。米国追従の陰で日本はどれほど国益を損なってきたのだろうと考えてみることも必要なはずです。
たとえば中東諸国とでも、日本が自立のスタンスで接し続けていれば、中東と世界のかけ橋的な存在になり得たのではと思います。イラク派兵でもうそんなことはなくなってしまったかと思っていましたが、いまだに日本待望論は健在であるようです。東南アジア諸国でも同じく日本待望論はあるようです。ただし、世界の各国が待望するのは、米国追従ではなく自立した日本、価値観を押し付けない共存共栄の精神の宿る日本です。
米国を筆頭とする欧米主導の時代は終わりつつあり、世界は多極化というより混迷期に入りそうです。
中国や北朝鮮という切迫した問題に、集団的自衛権云々の国会審議は遠い先のことであるかのような、相変わらずの悠長さです。もし尖閣辺りで中国と有事ということになれば、今の曖昧な身分のままで自衛隊に出動命令を出せるのかと思います。軍事衝突になれば命がけになるのだから、国軍として国民の生命財産、国土領海領空を守るという尊厳と誇りを持たねば、何で出動命令を出せるのかと思います。
憲法解釈を変更して可能にするという姑息な方法ではなく、憲法を改正してはっきり国軍とすべきです。かつての軍国主義に戻らないため侵略戦争は行わないと明記して、自分の国は自分で守る意志を明確に憲法に刻みこむべきです。TPPでどれほど米国に譲歩しても、対日より対中国のウエイトが大きくなってきている米国が、国益を損なってまでも日本のために中国と構えるというのは考えにくいのが実情のようです。
自分の国を自分で守る決意が国民の総意として示されない限り、この国は自立国としての歩みを踏み出すことはできないと、戦後60年以上生きてきて痛感します。
あと、ドイツやフランスやイギリスとか本当の先進国は食糧自給率が軒並み100%を越え、食を他国に依存しないという基本を踏まえて国づくりがなされています。第一次産業は経済性とは別途で、これも国防という観点が多分基本にあるべきなのだろうと思います。
TPPは国としての基本的な在り方を問い直す機会でもあるようです。多国籍企業に国を明け渡すのかかも含めて、よほど煮詰め尽くさないと、亡国の途につくだけなのだろうと思います。
追記 写真はやっと咲いたさくらんぼです。004.JPG
posted by 明石 at 19:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年04月12日

習主席のドイツでの発言から

3月28日中国習主席がベルリンで「日本軍国主義の侵略で中国人3500万人以上の死傷者が出た」と発言しましたが、開いた口が塞がらないとはこのことで、日本を陥れるためなら手段を選ばず何でもやるということであるようです。
沖縄がもともとの領土であったとは中国は既に言っていますが、そのうち3千年前は日本は中国の領土であったと言いだすかも知れません。
嘘も方便というか世界に向けて言い続けていれば、いずれそれが既成事実化するとの戦略なのかも知れませんが、我が国の発信力の乏しさからすると、こんな馬鹿話を世界が信じるはずがないと言い切れない不安が残ります。
事実、中国と韓国が声を合わせて日本の歴史認識批判を世界へ発信し続けて、米国でもそれに同調するかの気配を見せる時があるし、世界が日本を見る目が多少浮足立って来ていると感じたりもします。私が不思議に思うのは、70年も経て戦後というには無理がある今頃何故ということです。
中国は日本敵視を強く打ち出して国民の不満の矛先を外に向けさせたいとの思惑がありありで、韓国は日本を叩いておけば政権は安泰という戦後一貫した内政事情があるようですが、現在どんな時代にあるかと言えば、戦後体制、戦後秩序を見直さなければどうにもならない転換期にとっくに来ていると思います。
中国が言う戦後体制秩序への反逆という言葉は50年前なら有効かも知れませんが、ここまで来ると言葉そのものが時代遅れに思えます。
戦後世界は米国を筆頭とする欧米主導で時代は流れましたが、ロシアのウクライナ侵攻後のG7の模様からして、それが劇的に終わったことを痛感しました。これまでも国連安保理がさっぱり機能しないのはロシアと中国がことごとく意義を唱えていたからで、国連が機能するためには常任理事国の在り方を検討し直す、つまり戦後体制を見直す必要が生じていたのは明白です。そんな転換期にあって中国の言動は、だから100年前から化け出たように感じてしまいます。
中国の内政状況が切羽詰まれば中国軍が尖閣に上陸するだろうと私はずっと思っていますが、中国のトップがここまで出鱈目をなりふり構わず言うということは、尖閣あたりの小競り合いではなく、それを皮切りに本気で日本に戦争を仕掛ける積りではないのかとの思いが生じて来ています。その環境整備に躍起になっているという見方をすれば合点がゆきます。
私も孔老思想を楽しく読ませてもらった一人ですが、共産主義以前の中国特に古代中国に敬意を払う日本人は多いはずです。中国共産党がどこまで自国の歴史に規制をかけてきたのかは分かりませんが、古代中国には多くの叡智があり多くの英雄が居て、ひょっとすると現代の中国人より日本人の方がはるかに敬愛しているかも知れないと思ったりします。
中国国民のためにも共産党独裁体制が終わることを願って止みません。
posted by 明石 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言

2014年04月05日

夢に抱かれて

ここ数年来葬式に参列する回数がやたらと増えてきています。還暦を迎える頃からは親世代が天寿を終える頃と重なってあるようで、本当に申し合わせでもあるかのようにあちこちで、特に男性は80半ば前後にはばたばたと逝くようです。
一昨年末私の親父殿も85歳で生涯を終えましたが、その時親父殿が死んでどうというよりも自分の順番が近づいたということをぼんやり想っていました。
葬式に出る回数が増えるほどに死が身近になってくるようで、他人事ではなく自分事としても何時でも在り得ると思うようになってきています。
自分の命がどこまでなのかは分かりませんが、親父殿の年齢まで生きられたとしてもせいぜい後20年ほどで、園地に出て仕事ができるのはどこまでとなると更に分からなくなります。
生涯現役で仕事ができなくなると同時に命が終わってくれるのが理想ですが、そう上手くいかないのが生身の現実ということもよく頭に入っています。
子供の頃死とは何なのか分からなくて苦しんだ記憶がありますが、分からないということではこの年になっても同じで、慣らされてそういうことで立ち止まらなくなっただけです。
そう遠くない将来自分にも死は訪れるだろうと思うようになって、死とは何なのかという問いが子供の頃以来改めてふっと頭をよぎることがあります。いくら好奇心が強くてもこればかりは試してみることはできず、その時が来たら身を任せるだけなのだろうと思いますが、肉体的にも心的にもナッシング、無に還る時であるはずです。難儀な自分から解放されると思うとほっとするようでもあり、もう何時でもいいというところもありますが、神様におまかせである以上お告げに従うだけです。ただ、同級生とか親しい者が皆居なくなって、ひとり長生きを続けるのだけは勘弁してほしい、意に反してそうなることの方が恐怖を覚えます。
死に際しひとつ興味があるのは、薄れて行く意識の中で最後にどんな情景が描かれるのかということです。20年以上も前に逝った愛犬ポンタが駆けて来て、やっと会えたなポンタ、というところで終われば嬉しいなと想ったりします。
あいにく死後の世界観は持っていませんが、もう一度心が願う情景に帰り着く、最期の夢ポエジーに包まれて逝きたいと、それだけは想います。
posted by 明石 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 園主の独り言